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北海道の牧場に住む柴犬さんは、関西出身。拾った子猫さんと一緒に、平穏な日々を過ごしています。
これは、そんな柴犬さんのバレンタインの思い出のお話です。
その日、牧場は、真っ白な雪に覆われていました。
牧場のご主人さまのお家には、たくさんの親戚が訪れて、ご飯を食べたりお酒を飲んだりして騒いでいます。お馬さんに関するお祝いらしいです。
「いやぁー、めでたい、めでたい!」
「よがったねえ」
いったい、何がめでたいのでしょう。
「わふわふ!」
(きっと、赤ちゃんが生まれたりしたんかな~)
「かんぱーい」
カツンと酒杯をぶつけあって、大人たちはお酒を飲んでいます。上部に真っ白な泡を浮かべて黄金色に煌めくお酒は、ご主人様の大好きな「ビール」です。
柴犬さんは、飲んだことがありません。
「えだまめどうぞぉ」
「いぬさん、ほたて食べる?」
「つんちゃん。生のほたてはワンコにあげちゃだめよ」
「はあい」
柴犬さんは「つんちゃん」という女の子に気に入られたようでした。
つんちゃんはご主人さまの親戚の子で、元気いっぱい、お家の中をあっちにいったりこっちにいったりしています。
年齢は5歳で、黒髪を可愛いリボンでふたつに結んでいます。
「ねこもいるよお」
「にいやん、ねこつかまえてえ」
「だるい」
「えーっ」
同じ家で暮らす「子猫さん」は、人見知り。
ソファの後ろ側に隠れています。
ソファに座っている「にいやん」は11歳。つんちゃんの従兄弟ですが、つんちゃんが近くにいっても、人間たちが大好きな「スマホ」から視線を外そうとしません。スマホに夢中というより、むしろ……?
「ごめんね、うちの子、ちっちゃい子に慣れてないから~」
恥ずかしいのでしょうか。
にいやんはガチガチの置物みたいに動かなくなって、顔を赤くしています。
「つんちゃん、ちっちゃくないよ。お友達の中でいっちばん、背がたかいよお」
つんちゃんは「ちっちゃい子」が自分だとわかった様子で「ふーんだ」とにいやんから離れていきました。
わいわい、がやがやとしたお部屋を自由奔放に出て、今度はどこにいくのやら。
「わぅ、わふっ」
(つんちゃん、ボクがお供するで)
「犬さん、ついてくるぅ」
「わう!」
(このお家はボクの縄張りさかい)
柴犬さんが張り切りマインドでつんちゃんのお供をしていると。
「んしょ、んしょ」
「ばう?」
なんと、つんちゃんは防寒着を身にまとい、肩かけ鞄を肩にさげ、長靴を履いて、二重戸を開けてお外に出ていくではありませんか。
あれっ、大人たち、みんなお酒に夢中! 気づいてくれません。
手袋をはめた手で戸を閉めて、柴犬さんを振り返るつんちゃんの瞳はきらきらとしています。
「いぬさん、ソリひけるう?」
「わんっ?」
「このヒモ、つけて」
「わう」
ソリについていたヒモを柴犬さんにくくりつけ、つんちゃんは先に歩き出して期待のまなざしです。
そんなキラキラした目で見られると、柴犬さんは弱いのです。
「わふーん」
(よっしゃ、期待にこたえたろ!)
と、柴犬さんはゾリゾリとソリをひいてつんちゃんの後をついていきました。
それにしても、どこに行くのでしょうか?
お空は薄い青色で、画家さんが気ままに絵筆を遊ばせたみたいな白い雲がふわふわしています。お日様は、控えめな白い目で光で世界を見守り中です。
道幅はひろく、人通りは少なく、車もあまり通らない田舎の雪景色。ここは、「田舎」なのだと人間たちがよく言います。
「おてんき、よしよし!」
つんちゃんは謎の自信でいっぱい! 暖気でちょっと溶けかけた雪道を、迷わぬ足取りでずんずんと歩いていきます。
「さあ行こう~♪ ちょこの~♪ 世界~♪」
そうか~、ちょこの世界に行くんか~、と柴犬さんは尻尾を揺らし、ウォウウォウと吠え声のような歌声のようなワンコボイスを寄り添わせました。
1人と1匹の行進は、元気いっぱい、夢いっぱい。
「わう! わふ!」
「まほ~のバレンチン♪ バレンチンはチョコをあげるの♪」
歩いて行った先には、コンビニがありました。ご主人さまがよく「道民はみんな大好き」と教えてくれる、オレンジの看板。セイコーマートというお店です。
つんちゃんはセイコーマートがあるのを知っていたようです。物怖じすることなく、セイコーマートに入って行きました。
柴犬さんがお外でソワソワ待っていると、何分かしてお店の人と一緒に出てきました。
「おうちまで一緒に行こうか? ひとりで帰れる?」
「だいじょうぶ! 犬さんがいるから!」
店員のおねえさんは、つんちゃんがひとりでお家まで行けるか心配してくれているようです。柴犬さんは尻尾を振り振り、「わふわふ!」と声をあげました。
「気を付けて帰ってねえ」
つんちゃんはそう言って、お買い物したらしきレジ袋を赤いソリに載せました。
「なかよし、なかよし♪ だいすきよ♪」
ご機嫌のつんちゃんは、来た道を元気いっぱい、戻っていきます。びゅう、ひゅうと風が吹いて、いつの間にか雪がふわふわと降っています。
雪は最初のうち、はらり、ひらりとやわらかに舞い降りていましたが、歩くうちにどんどん激しさを増していきました。
「はーっ、吹雪いてきたねえ」
「わんっ」
「さむ、さむぅ」
つんちゃんは吹雪に慣れている様子ですが、視界は真っ白。風は正面から雪つぶてをバシバシぶつけてきて、呼吸もしにくいくらい。
そしてなにより――
「ばうっ」
(つんちゃん、そっちの道、ちゃうで。お家はこっち)
「あえっ、道ちがった?」
「わう!」
真っ白な吹雪の中で、ちょっと油断すると道を間違えそうなつんちゃんの袖を引き、柴犬さんは我が家への道を先導しました。
「あうっ、うみゃった」
「わんっ!」
「犬さんありがと!」
つんちゃんの長靴が雪に埋まったら、周りの雪をココ掘れわんわんで掘り掘りして助けてあげます。
「おーい、おーい!」
「わうー!」
「迎えに来たぞー」
雪は冷たいけど、わふわふ声を出しながら1人と1匹、前へ前へと進んでいたら、ご主人さまの声がしました。
見ると、真っ白な吹雪に負けじとペンギン歩きでやってくるご主人さま。親戚のおばちゃん、おじちゃん。そして、にいやんもいるではないですか。
「ひとりで出かけたらだめだそう」
「心配したんだぞ」
大人たちに抱っこされて、つんちゃんは「ごめんなさい」が言えました。
寒いお外から帰ったお家は、外が寒かった分、とっても暖かく感じます。
無事でよかった、よかった、と口々に言う大人たちの声も、あったかです。
「犬さんが道、教えてくれたよ」
「そうか、よく犬さん連れてったなあ」
全身雪まみれの柴犬さんが玄関でブルルルっと身震いして水滴や雪粒を撒き散らすと、人間たちは「おお、寒かった!」「あははは」と明るい声ではしゃいで後始末をしてくれます。
ご主人さまは「よくやったぞ」と柴犬さんをわしゃわしゃ撫でてくれて、隠れていた子猫さんも心配そうにソファから出てきて「みゃぁお」と鳴きました。
「みゃー」
(どこ行ってたの、みんな大騒ぎしてたよ)
子猫さんの鳴き声は、柴犬さんに意味が伝わります。
だって、家族ですから。
柴犬さんはちょっとだけ、お話を盛ってみたくなりました。
「わふ、わふ」
(子猫さん、ボクな。
つんちゃんとお外の、ちょこの世界に行ったんやで。すごいやろ)
「にゃあ?」
「わう、わう」
(お外にはでっかい雪だるまんがおってな。
ボクとつんちゃん、ちょこの魔法で退治してん)
「みゃう〜」
(そりゃ、すごい)
子猫さんが武勇伝を信じてくれるので、柴犬さんは嬉しいような、ちょっぴり申し訳ないような気持ちになりました。
「くうん、くぅん」
(あのな、今のは、ちょっぴり大げさに冒険譚を盛りました。
ごめんな、子猫さん。ボク、格好つけたくなってん)
「にゃーあ」
(あはは!)
子猫さんは楽しそうに瞳をくりくりさせて、とてとてと近寄り、柴犬さんの濡れた前足をペロリ、ざりざり、と舐めてくれました。怒ってはいないのだそうです。
よかった、よかった。
と、柴犬さんが安堵していると。
「つんちゃん、ストーブ当たるといいよ」
「あい、にいやん」
つんちゃんはにいやんに手を引かれてストーブの近くに移動していきます。
おっと、これの出番では? 柴犬さんは思い出し、ソリに置かれたレジ袋をくわえてつんちゃんのもとに運んであげました。
「あーっ、犬さん、ありがとう!」
つんちゃんは頬を林檎みたいに赤くしてはにかみ、レジ袋から小さなチョコレートを取り出しました。
そう、お買い物はバレンタインのチョコレートだったのです。
「にいやん、ばれんちん」
「くれるのか。ありがとう」
差し出されたチョコレートを、照れながら受け取るにいやんの口もとがゆるゆるっとして、そのあとでむすーんとキツめに結ばれます。
「あら、チョコもらったの。よかったねえ」
大人たちが微笑ましそうに言うと、にいやんは耳を真っ赤にして「ん」と頷きました。照れてます。
「つんちゃん、今度すりこのあくりるひなさん飾るから、にいやんお家に見にきてね」
「ひなさんは来月だな」
並んで座り、ストーブのあったかな火にあたりながら、従兄弟同士の2人は兄妹みたいに仲良しになっていきます。
柴犬さんは子猫さんと一緒に2人のそばに横になり、「すりこのひなさんってなんやろか」と、人間の世界の未知の文化に思いを馳せるのでした。
――めでたし、めでたし。はっぴーえんど!
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