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太陽がさんさんと照り輝いている8月31日、真夏の午後。
夏休みが今日で終わる。
バケツに水汲みをし、掃除が終わったので近くのベンチにもたれ掛かり、一休みしていた所だった。
「あちー…アイスでも食いたいな…」
そうぼんやりと考えていると急に視界が手で覆われた。
「冷たっ!だ、誰だ!」
いきなり目に見えていた風景が見えなくなったので、大きい声を出し焦って動こうとする。
「だーれだっ!」
「その声は…」
「えへへ、イタズラしたくなっちゃった」
そうだ、俺は今日彼女の所に来ていたのだった。真夏の暑さで頭がやられてすっかりその事を忘れてしまっていたようだ。
「分かるに決まってるだろ。答えは…風夏だ!」
「ピンポンピンポーン!大、正、解!」
風夏は無邪気に声を弾ませる。まるでクイズ番組でハワイ1泊2日旅行券を獲得出来た回答者を褒め称える司会者のように。
「とっても簡単な問題だな。…それより急に目を塞ぐからビックリしたよ。そろそろ外してくれないか?」
そういうと急に辺りの空気がシンとした。今まで聞こえた蝉の声も、ジリジリと焼けるアスファルトの音も、風夏の声も。
まるで無空間にいるみたいに。
暫く沈黙が続いたあと、風夏が空気を吸い言葉を発した。
「えっと、私汗でめっちゃメイク落ちちゃってさ!恥ずかしいから、このままでも、いい?」
可愛子ぶって風夏はそう言う。このままでどうするつもりなのだ、と疑問に思いつつ俺も口を開く。
「そんなお前も大好きだよ」
流石にキザすぎただろうか。自分でも何言ってるんだコイツと思ってしまった。
しかし、風夏はすすり泣いていた。
声が震えながら、
「こんな私でもいいの?」とポツリ。
「そんなお前だから大好きなんだよ」
畳み掛けるように俺は言う。そういえば風夏はキザなやつが大好きだったな。
「…ありがとう。じゃあいっせーので手を離すから後ろ向いてね」
一言一言、何故だか言葉が重く感じた。俺は、分かったと返事をする。
「行くよ、いっせーの!」
風夏の掛け声の元後ろを振り返ると同時に視界の光と夏の音が蘇る。眩しくて目を細める。
段々とぼやけてた景色が見えるようになるにつれ、俺は泣いていた。
そこに彼女はいなかった。
立っていたのは、彼女の墓石だった。
溢れる涙を拭うように両手で目を抑える。
そうだ。俺の彼女、風夏は7月14日自ら命を絶った。学校の4階から飛び降りて。
俺は風夏を救ってやれなかった自分の不甲斐なさと、彼女のことを今日一瞬でも忘れてしまった自分に情けなく憤りを感じていた。
きっと風夏はこんな俺に最後の挨拶をしに来てくれたんだろう。離れていてもずっと一緒だよ、と。
「俺も大好きだよ」
心から溢れんばかりの気持ちを、ひとつもあまり残さずに、丁寧に、彼女の墓石に向かって伝えた。
「こっちだよ」
夏の音が止まり、聞こえているのは自分の心臓の音だけ。
目の前から風夏の声がした。…いやそんなはずは。溢れた涙も止まっていた。
恐る恐る前を向く。
「ひっ…」
見るのもおぞましい、ぐちゃぐちゃな頭、真っ赤に染った制服、手足がそれぞれ普通は曲がらない方向に曲がっている女がそこに立っていた。
「ありがとう、大好きって言ってくれて。今日は49日だから迎えに来たの。大丈夫。1人にさせないから。一緒に、イこ?」
再び俺の視界は真っ黒になった。
「貴方も一緒に、逝こ?」
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