ママ、もういちど笑ってよ

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 駅に近いそのお弁当屋さんは、前からちょっと気になっていた。居抜きの古い小さな店構えで、看板代わりのボードには大らかな文字でメニューが書いてあった。 出先から直帰でお迎えに行った時は、秋の空はまだ明るくて、買い物の賑わいも鳴りを潜めていた。(たすく)が私の手を離して、辺りをきょろきょろ見回した。 「から揚げの匂いがする!」 大きく息を吸い込んで佑はお店の前で立ち止まり、私を振り返ってにこっと笑った。 「買う?」 「えー」 夕食の下ごしらえは済んでいた。離婚してシングルになってから、いつも先を読んで準備する癖がついている。 「買おうよ」 (さとる)も乗り気だ。明確な拒否の理由が思い付かない私を、二人がぐいぐいと押してくる。 …たまには いいか それにホントに美味しそうな匂い 「わかった。今日はから揚げにしよう」 「やったー」 二人が競い合ってお店のガラス扉を開けた。昔の駄菓子屋さんみたいな木枠が揺れて、ガラガラっと懐かしい音がした。 「お店のだから触っちゃダメよ。欲しいものがあったらママに言って」 男の子との買い物は気が抜けない。ざっと見渡すと、量り売りのコーナーにはお総菜がずらっと並んでいた。 「ママ、から揚げあった!」 「あったよ!」 から揚げが詰められたパックを、佑が頭の上に掲げている。落とす前に慌てて受け取った。 「いらっしゃい」 声を聞きつけて、奥から店主らしい男性が顔を覗かせた。私より少し歳上の印象で、はしゃぐ子どもたちを笑顔で見守っている。 「すみません、うるさくて」 「いえ。子どもはそういうものですからね」 穏やかな声と物腰は、私を安心させた。 頭ではわかっているつもりだが、離婚以来、男性を避けてしまうし、どうしても夫を思い出してしまう。 ついでに副菜も買おうと思って、ひとつずつ見て回ることにした。 大皿や深鉢に盛られた料理は彩りもよく、きんぴらごぼう、ひじきの煮物、青菜の煮浸しなど定番のほかに、季節の食材を使ったものもあった。 ナスの揚げ浸し、鶏肉ときのこのソテー、栗ご飯も並んでいて、既に常連さんたちを迎え撃つ準備が整っている。 「ママ。この色キレイ」 佑がカラフルなサラダを指差していた。カボチャやチーズ、砕いたナッツも乗せてある。 「ホントだね。食べる?」 「うん!」 野菜はあまり好まないのに、見た目でこんなに反応が変わるのか。忙しさにかまけて、料理も合理的に済ませていた自分を反省した。 「ありがとうございました」 お釣りを渡す彼の手は骨太で大きくて、温かかった。 お店と彼の優しさで、心にぽっと明かりが灯ったような気がした。
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