43人が本棚に入れています
本棚に追加
「ラーメンだ!」
佑が歓声を上げた。
田島さんが厨房から顔を出してにっこり笑った。
「元気な怪我人だねえ。大したことなくてよかった」
「おじちゃん、ラーメン屋さんになるの」
「うん。今日だけね」
「じゃあね。僕、硬めの味玉付きで」
「僕も」
「おっ。通だね」
「すみません。お邪魔します」
「どうぞ。僕が呼んだんですから」
厨房の寸胴からは湯気が立ち込めていた。
外の雪もあっという間に溶かしてしまいそうな温かさに満ちている。
カウンターの前の椅子に、子どもたちはちゃっかり座っていた。腰を下ろすと彼の背中が見える。手際よく麺を湯切りして、スープの入った器にそっとよそう。具をのせると、両手でひとつずつ運んできてくれた。
「はい。お待たせ」
「わあ。いただきます」
佑が目を輝かせて箸を取った。智も丼を覗き込んでそわそわしている。二人の頬がぴかぴかに光っていた。
ふうふうと息を吹きかけながら、上手に啜る。
私も遅れて麺を掬い上げた。スープや麺の熱はもちろんだが、田島さんの心遣いが身にしみた。
お腹も気持ちも満たされて、私たちはほっと息をついた。
食後のプリンに二人が夢中になっているのを眺めていると、店の片隅で田島さんが私を手招きした。
「…何でしょう」
「僕でよければ力になります。だから、これからは何でもお手伝いさせてください」
まっすぐな瞳の気持ちは十分伝わったが、どう答えていいかわからず、私は言葉に詰まってしまった。
「…ダメですか」
誤解させたくなくて私は顔を上げた。
「いえ。嬉しいです。ありがとうございます。ただ、今だって十分ですし、お互いのこともまだよく知らないのに、どうお返事していいのか…」
彼は私を安心させるように微笑んだ。
「僕の別れた妻は料理の先生だったんですよ」
まるで、天気の話をするような口ぶりだった。
最初のコメントを投稿しよう!