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夏の日(1)
「何読んでるの?」
向かいの席から、小松原さんが小声で訊いてくる。
僕は無言でレシピ本の表紙を見せた。
「的場くん、サボってる」
小松原さんは軽く睨む真似をし、僕が脇に追いやった課題の山を指差す。
「もう少しだけ読ませて。そうしたら続きやるから」
そう返すと、小松原さんは抗議を示すように、唇を尖らせた。
さすがにそろそろ課題に手をつけないとやばいなあ。そう思いつつ、僕は興味のある本から抜け出せない。
午前の図書館は空いていて、とても静かだった。
特に約束したわけではないが、僕たちはなんとなく、毎日一緒に過ごしている。今日は夏休みの課題をすすめようと、開館と同時に図書館へやって来た。
休戦しよう。桐丘がそう言ってから、十日以上が経過した。その間に二度夕立があったが、桐丘は姿を現さなかった。しかし小松原さんは警戒を続けている。今の状況を楽観視できないのは、桐丘の意図が掴めず不気味だからだ。
桐丘は何を考えて、休戦を決めたのだろうか。
一つわかるのは、桐丘にはまだ攻撃を続ける意思があるということ。でなければ休戦なんて言葉はつかわない。
いつかまた、小松原さんの前には桐丘が現れる。それが具体的にいつなのかは、見当がつかない。
もやもやを抱えながら、僕たちは夏の日を過ごしていた。
正午になり、昼食を摂るため一度図書館を出る。カウンターで、読んでいたレシピ本を借りた。
昼食は、だいたい僕の部屋と決まっている。
朝のうちに作っておいたきゅうりと茄子の浅漬けを皿に盛りつけている間、小松原さんは僕の周りをうろちょろしていた。
「暇なの?」
「暇なの」
「じゃあ、おにぎり握ってくれる?」
「的場くんは?」
「僕は味噌汁を作るから」
「わたしはおにぎり係なんだね」
「そう、おにぎり係」
「まかせて」
僕は炊きあがった米を炊飯器からボウルへ移した。塩や海苔も一緒に作業台へ並べ、
「ラップは使う?」
小松原さんに尋ねる。
「使ったほうがいいの?」
「そのほうが握りやすいと思う」
「では使わせていただきます」
「それではお願い致します」
うやうやしくラップを受け渡し、僕たちは同時に吹き出した。
小松原さんのための作業スペースを空け、味噌汁の具を準備する。その間に小松原さんは
「あちち」と慌て声を上げた。
「おにぎりって熱いうちに握ったほうがおいしいって、本当かな?」
「本当みたいだよ」
「そうか、じゃあ頑張る」
「無理しないで」
「平気」
小松原さんは以前より口数が多くなった。
安在さんや他のクラスメイトとも、頻繁に連絡を取り合っているみたいだ。
小松原さんの変化が、僕はうれしかった。今の姿が、本来の彼女なのだろうか。桐丘の存在がなければ、小松原さんは明るくてよく喋りよく笑う、どこにでもいる普通の女の子なのだ。
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