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第一章 一話.縁談
トントンッ。
グツグツ。
広い屋敷の片隅に塀で覆われ隠されたようにぽつんと佇む離れからは、鍋の煮込む音や、食材を刻む音が響き渡っている。この屋敷の離れに住んでおり、夕餉の準備をしているのはこの家の令嬢である巫さちだ。
巫は旧家の家系であり、古くから小さな旅館を営んでいる。さちは九歳の頃からこの離れで過ごし外に出ることも、人と接することも許されない生活を強いられていた。
ただ、昔から両親に躾てこられたさちには料理や裁縫はお手の物で、旅館で出される料理などを全て任されていた。仕事は貰える、食事も一日三食も頂ける。さちは何も不満なんて言える立場では無かった。
令嬢であるさちがなぜ行動を制限させられ、このような場所に半ば幽閉されている理由はさちが“目が合った人の心を読める”事が出来るからだ。
朧げな幼少期の記憶を必死に辿るが、いつ、何故このような体質になったのかは彼女にも分かっていなかった。ただ分かっているのは、九歳の時に気付いたらこのような体質となっていたことだけだ。
幼かったさちはその事を素直に両親に伝えてしまい、それを気味悪がった両親、母である巫喜久がさちをこの離れへと半ば無理やりに幽閉したのだ。
その結果が今のこの現状に至るわけだ。
長く切られていない髪を必死に耳にかけながら、さちは毎日決められた工程を慣れたようにこなして行く。いつ誰がここへやってくるか分からないため、さちが前髪を上げることは無い。それも母である喜久の命令であった。
(なんて……こんな事をしても、もう、誰も私の所へ来てくれる人はいなくなってしまったけれど……。ああ、でも……たまに様子を伺いに来て下さる方々が)
幽閉された当初は父親である巫正尚が様子を見に来ることがあったが、それも月日が経つにつれ少なくなり、さちが幽閉され一年が経ち十歳となった頃には正尚はぱたりと来なくなってしまった。
そう悲観しながらも手を動かしていく。持っていた包丁をまな板の上に置き、刻んでいた葱を鍋の中へと入れてお玉杓子で混ぜる。
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