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王様の悪意
「話ってなんだよ」と僕は聞いた。
「会えたんだ、悪意の王様に」と飯田は顔を紅潮させて言った。「感動の2時間だった」
「そんなヤツに会って大丈夫なのかい?それに何で引っ越ししたんだ。それもこんなに辺鄙な所に」と僕は聞いた。
飯田は矢継ぎ早に質問する僕を両手で制し、「まあまあ、慌てるな。順を追って話すよ」と飯田は言った。口元が緩んでいる。相当に話したいようだ。
「じゃあ、まずは引っ越しした事から話すぜ。まず第一に王様に会う為に随分と金が掛かったんだ。王様を探し出すにも金が要るし、王様に繋いでもらうにも金が掛かる。それでマンションを処分したり財産の大方を注ぎ込んだんだよ」と飯田は得意気な口調だった。僕の方は眉間にシワが寄っていたんじゃないだろうか?
「それで第二だ。これは高橋にも関係あるかもな。もう俺は無関係だけどな」と飯田は言った。僕の表情なんて関係なく上機嫌だ。
「どう言う意味だよ。僕は悪意なんかごめんだよ。無関係だろ」
「ふふん。王様は力の誇示をなさる。つまり大勢の人がいる所に悪意をばら撒く。だからこんな辺鄙な所には悪意は来ない。何故なら効率が悪いからだ。だから、高橋。君の住んでる所なんか、相当やばいらしい。近くデカい花火を上げるって言ってたからな。まあ、花火が何を示すのかは教えてくれなかったけどな」
「迷惑な話だな」と僕は吐き捨てるように返した。
「まあ。確かにな」と飯田は認めた。「でも完全に安全な世界だったら退屈じゃないか?」
「そういうのを危険思想って言うんじゃないのか?」
「まあまあ。話を王様に戻そう。興味深い話が聞けたよ。何より、今まで調べた都市伝説や陰謀論の確証が得られたよ」と言い、さらに飯田は喋り出した。
飯田の話は長かった。ただ話し方や盛り上げ方が巧く、つい聞き入ってしまう。しかし、あまりにも非現実な内容だった。僕はその事を飯田に伝えた。
「まあ。君の言う事はわからんでもないよ。ただ、最先端の科学技術は50年ぐらい経たないと我々、庶民が使える様にならないんだよ。コストや安全性やらでね。今は量子コンピュータやAIの台頭で科学技術は指数関数的に進んでる。魔法みたいな技術もいくらでもある。そこまで視野に入れれば、俺の話にも説得力が出るだろう」
「例外が電子レンジか?」とつい僕も話に乗ってしまった。
「おっ。高橋も知ってるのか、電子レンジの話」と飯田は声を弾ませた。
「まあ、な」
電子レンジには他の家電と違い改良の歴史が無い。世に誕生した時にはほぼ完成していたそだ。その完成度の高さが陰謀論や都市伝説を生み出している。宇宙人の技術だ、兵器の技術の転用だ、だとか。
「巧く言えないが電子レンジを信じるなら、俺の話も信じる値打ちはあると思うぜ」
「まあ、信じるかは置いておいて、忠告として聞いておくよ」と僕は言った。忠告とエンターテイメントの中間くらいが不思議な話や陰謀論、都市伝説の受け取り方として適正なんじゃなかろうか。
「そう言えば。王様はホンモノだったのかい?」と僕は聞いた。多分、これが1番聞きたかった事だ。
「証拠は無い。信じるしか無い」と飯田は言い頬を緩ませた。
「信じる、か」と僕は呟いた。
「『私が本物である事は信じてもらうしか無い。信じるという行為は人が為す事で何よりも尊い。私は認めた者の信を裏切る事は決してしない』って王様は仰ったんだ」と飯田は言った。王様に認められたのが誇らしいのだろう。飯田は居住まいを正した。
「王様は民間人に会って何かメリットがあるんだろうか?」と僕は話題を変えた。飯田は民間人だろう。本人はどう思っているかはさておきとして。
「あるとも。ただの民間人がどこまで裏の世界に通じているのかを知ることは大事な事なんだぜ。王様の存在は明るみに出ちゃいけない。かと言って完全に存在をシャットアウトしてしまうと影響力が無くなる。塩梅が難しいんだ。だから、俺みたいな人間に会いたがるんだ」と飯田は誇らし気に言った。「王様も俺のリサーチ力を驚いていたぜ」
「なるほど、一理あるな」
「そうだろ。俺の話、信じた方がいいぜ」
「まあ、忠告として、な」
「ふふ。頑固だな。でも健全かもな」
さらに飯田は王様に会う為に何をしたかなどを語りはじめた。困難な、あるいは馬鹿げた事を飯田はしたようだ。僕からすれば眉を顰める行為だったが、飯田からすれば誇らしい行為なんだろう。何が飯田をここまで駆り立てたのだろう。
「実りのある時間だったみたいだな」としか僕は言えなかった。
「ああ感動の時間だった。随分と親切にしてもらった。色々な貴重な話しも聞けたし」と恍惚とした口調で飯田は言った。
「そう言えば、なんで悪意の王様に会いたかったんだい?」
飯田は一瞬、きょとんとした表情をした。何を言っているのか分からなかったのかも知れない。
「そりゃあ、『悪意の王様』と謳われる世界最悪の悪意に触れてみたかったからだよ」と飯田は言った。
ああ、確か『悪意の王様』と言われるだけの事はあるかも知れない。飯田は人生のほとんど全てを捧げた。けど王様は歯牙にも掛けなかったのだ。彼の望んだ『悪意』はまるで見せなかった、与えなかった。僕は意地悪な気持ちになっていたのかも知れない。思わず、聞いてしまった。
「王様の悪意は味わえたのかい?」
僕は飯田がテーブルを爪でコツコツと叩く中、帰り支度をはじめた。
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