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人が滅多に寄りつかないほど山奥にある皆淵村。人口は四百人程度の小さな村だ。大きな町へ行けばかなりの値がつく貴重な山の幸を主な収入源とした、行く末を憂う年寄りが多くを占める限界集落である。
そんな皆淵村からさらに奥地へ進むと、死場の森と呼ばれる禁足地がある。豊かに枝葉を広げた鬱蒼と茂る木々に頭上を覆われ、昼間でも木漏れ日がほとんど届かない深く暗い場所。その禁足地の最奥に、ある神を祀った社があった。
やまいだれ。
村人は社に祀られた神をそう呼んだ。いつからそこに祀られているかは不明。遥か昔ということ以外詳細な起源は誰も知らないが、村にはやまいだれに関する伝承が幾つか残されている。その内容はどれも恐ろしいものばかりで、村では悪童への脅しの常套句だった。
その姿を見れば目が焼け、その声を聞けば耳が爛れ、その身に触れれば肌が溶ける。吐息を漏らせば草花は枯れ、立って歩けば大地が腐る。万薬を腐す万病をその身に纏う腐蝕の神。やまいだれとは、病を垂れ流すということでつけられた名前だそうだが、本当の名前は誰も知らない。
村人たちはやまいだれを恐れ、禁足地へは誰も踏み入ることはしない。どんなに聞かん坊の悪童たちでも、それだけは決して破ろうとはしなかった。遊び半分でも許されないほど命を脅かすということを、皆暗黙のうちに理解していたのだろう。
だがしかし。
そんな長らく守られてきた掟を、禁を破ってしまった者がいた。村に住む齢十六を迎えたばかりの青年、瀧恭治郎である。人目を忍んで禁足地へ踏み入り、やまいだれを祀る社へ向かった恭治郎を待ち受けているものとは。
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