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ずっと誰かが僕を呼んでいる。最初は夢の中だけだった。それがいつしか現実でも声が聞こえるようになった。薪を割っているときや畑を耕しているときにも。朧気だった声は、日を追うごとにハッキリと耳に届くようになった。頭の中で声が聞こえるのではなく、どこかで誰かが僕を呼んでいるのだと。
――はよう。はようきやれ。
声は死場の森から聞こえてくる。死場の森は誰も足を踏み入れてはならない禁足地。その理由はやまいだれが祀られているため。やまいだれの恐ろしい謂われはこの村に住む者なら誰でも知っているため、禁足地でなくとも踏み入れたいとは思わない。だからこそ、死場の森には誰もいない。それなのに、死場の森から僕を呼ぶ声がする。
やまいだれが僕を呼んでいるのだろうか。
恐ろしい神に呼ばれ、禁足地に踏み入れる。それは禁を破り自ら望んで命を捨てに行くようなものだ。そんなこと僕はしたくなかった。だから最初こそ呼び声を無視していた。しかし、あるときふと考えた。相手がどんな神であれ、それを無視することこそ本当に危険なのではないかと。
もし、やまいだれの機嫌を損ね怒らせるようなことになったら。きっと村のひとつやふたつ簡単に消し去ることができるだろう。そうなれば僕の大切な家族にも被害が及ぶかもしれない。だったらたとえ僕が生贄になったとしても、命ひとつと引き換えに村の皆が無事ならやすいものだ。
だから僕はこうして、人目を忍んでひとりで死場の森へ足を踏み入れた。
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