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本当は嘘かもしれない。病気になんて罹ってないかもしれない。実感が微塵もない僕の心の中では、不安より安堵が大きくなっていたのに。目の前で六助が血を吐いて倒れたことで、そんな一縷の希望が打ち砕かれてしまった。
もうすぐ僕も六助のように血を吐いて死んでしまうのだろう。それも六助より長く、もがき苦しんで。嫌だ。絶対にそんなのは嫌だ。しかし、僕にはどうすることもできない。罹った病が分からなければ薬に頼ることもできない。しかも、分かったとしてもやまいだれの病は薬が効かないほど強力なのだ。もう、ただ待つ以外成す術はない。
夜になって、村では六助の居所が知れないということで少しだけ騒ぎになっていた。それでも、日頃の行いもあったせいかどこかで居眠りしているのだろうとか、盗みがばれてどこかへ逃げたのだろうということにされている。きっとまた何日か経てば大騒ぎになるだろうが、その頃にはきっと僕も六助と同じ末路を辿っていることだろう。
悪い考えを振り払うように寝床に潜り込む。眠るのが怖い。明日が来るのが怖い。永遠にときが止まって欲しいとさえ思う。やまいだれの声が頭の中でずっと響いている。愉快そうな声。憂うような声。それを考えているときは死への恐怖が和らぐ気がする。
心臓がどくどくと激しく脈を打つ。心がどうにかなりそうなほどに苦しい。頭がおかしくなりそうなほどに辛い。死への恐怖を紛らわすために、やまいだれですべてを塗り潰していく。それだけを考えていればいい。それだけしか考えられなくなる。
やまいだれが言っていたことは正しい。六助はきっと確かに幸せだったと思う。こんな苦しみをずっと味わうことなくすぐに逝けたのだから。だったら僕も早く死んでしまえばいいのかもしれない。そうすればこの苦しみから解放されることができる。
「でも、死にたくない……」
どうせ死んでしまうのに。どうしても死にたくはない。相反する矛盾した思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。終わりのない問答を繰り返す。頭が疲れてどんどん思考が鈍っていく。いつの間にか意識が朦朧としてきて、ついには深い闇の中へ落ちていた。
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