焔(ほむら)

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 日向から山中に伸びた国道は、南郷〈Nango〉の標識がある方向へと折れ、車はいよいよ家々が立ち並ぶ中心部へ差し迫っているのを伺うことができた。 「ここが……美郷町ですか?」 「ああ。俺がガキの頃は南郷村だったけど。いつからだったか合併してね」  細い道を曲がって、大きな民家の広い敷地に入った。 「ほら、着いたぜ。俺の実家」  甲斐さんは慣れたハンドル捌きで駐車し、車から降りると「ちょっと歩くぜ」と言った。雨はこちらでは収まっている様子だったが、いつ降り出してもおかしくない空模様だった。  村の中心部一帯はあちこちから人の話し声が聞こえてきて、祭りの活気が満ちているようだった。子供たちは学校以外で同級生と会えることに喜び、無邪気に叫んで走り回っていた。中学生か、高校生と思われる若い男女は、微妙な空間を隔てて並び歩く。まさに町を挙げての祭りだな、と思った。 「年で一番活気付く日だからね」  考えを読んだかのように、甲斐さんが振り向いた。「ほら、また表情が暗い」  そんなつもりはなかったが、僕の表情筋は祭りに似つかわしくない表情を浮かべていたらしかった。できる限り笑うようには心がけていたし、人に合わせるのは得意な方だったが、それすらもできなくなってきたのだろうか。 「兄ちゃん、何か悩んでないか?」  甲斐さんは単刀直入に聞いてきた。 「もちろん、言いたくなかったらいい。昨日会ったばかりだし。でも、行きずりのなんでもない男の方が言いやすいこともあるだろう。 思い詰めてここまできたんじゃないのか?」 「甲斐さん……」  僕は初め口をつぐんだ。しかし甲斐さんの言葉に導かれ、やがて堰を切ったように、自然に言葉が流れ出てきた。 「昨日、仕事を休んで来ていると言いました。でも、病休なんです」  仕事で上手くいかず、休むようになったこと。それ以来気分が沈み込んで晴れないこと。途方に暮れて東北から遥か南の九州まで車を走らせてきたこと。しかし、状況は何も変わらないこと。甲斐さんは何も言わずに歩きながら肩越しに聞いていた。 「要するに、気分転換にここまで来たってわけだ。でも、相変わらず晴れないと」  甲斐さんは僕の話を要約してくれた。その通りです、と黙って頷いた。 「重くて、取り止めもない話を長々と……すみません」 「大変だったな」甲斐さんはこちらを振り向いて、ぽつりと声を掛けてくれた。 「聞くくらいしかできなくて、悪い。後は、祭りで元気だせくらいしか言えそうにない。力になってやれるかどうか……」  甲斐さんは申し訳なさそうに後頭部を掻いた。吐き出せて、気分的に楽になった。そう自分に言い聞かせて、再び歩を進めた。 「そういえば、どんなお祭りですか?」  甲斐さんが車内で言っていたジェスチャーと相まって、祭りの詳細が気になっていた。  盛岡でいうところのさんさ踊りのような、民俗舞踊なのだろうか。しかし、辺りに着物の人は見えなかったし、太鼓や笛も、踊り子の姿も見えなかった。 「ああ、そうだった。何も伝えてなかったな」と甲斐さんは苦笑する。「まあ、あえて言わなかったと言っておこうか。百聞は一見にしかずって、まさにこのことだな」行列に混ざり、会場へ歩く。近づくにつれ道ゆく人々のざわめきは小さくなっていき、行列の先の方からは歓声や息を呑む音が聞こえてきた。
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