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——それから十日ほど経った頃に、新しい侍女が佐和山城にやって来た。
「伊呂波と申します」
イロハと名乗り、淑やかに微笑むその侍女は、可憐な美しさを醸し出していた。
「分からないことも多く、頼らせていただくことがあると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って三つ指を立て、深々とお辞儀をする彼女を前にした楓とうたは、その洗練された品に思わず圧倒されてしまった。
「こ、こちらこそどうぞよろしくお願いします!」
一拍遅れて楓がお辞儀を返すと、うたもハッとしたように笑顔を浮かべた。
「よろしくね、伊呂波!
それじゃあ、暫くの間は楓の作業を見学して仕事を覚えていってもらえるかしら?」
「かしこまりました」
伊呂波がふわりと笑みを浮かべると、まるで一面に花が咲いたような幻想が見えた。
——こうして楓が伊呂波に仕事を教えることとなり、かつて自分も初芽に教わりながら覚えたことを懐かしむ楓だったが、
そう感じたのもほんの数日のことだった。
伊呂波はあっという間に仕事を覚え、楓が何度も練習してコツを掴んだ髪結や着物の色合わせも、サクサクとこなせるようになった。
伊呂波がうたに化粧を施した日には、
「いつもは私の外見に関心を示さない三成様に、『今日はいつもより綺麗な気がする……?』と声を掛けられたの!」
と、うたは大はしゃぎだった。
伊呂波に仕事を教えることに意気込んでいた楓だったが、
伊呂波に何かを仕込んだのは最初の数日だけで、
それからはむしろ伊呂波のほうが侍女の仕事をそつなくこなすようになっていった。
「伊呂波は凄いなあ。私が何ヶ月もかけてやっと習得したこと、数日でできるようになっちゃうんだもん!」
「そんなことありませんよ。
楓殿には沢山ご指導頂いて心強く思っています」
線の細い身体から発せられる華奢な声。
隣を歩いていると、綺麗な黒髪が風になびいているのが視界の隅に入ってくる。
「本当、伊呂波が来てくれたおかげで仕事の負荷がとても楽になったよ。
ありがとう、伊呂波」
そう話しながら、二人で廊下を歩いて移動していた時——
「部屋の外で会うのは珍しいな」
「!——初芽!」
向かっていた廊下の先から初芽の姿が現れた。
楓はパッと笑顔を浮かべ、初芽の元へ小走りで近付いた。
「ちょうど良かった!紹介させて。
新しく侍女になった伊呂波のこと」
楓はそう言うと、振り返って伊呂波を見た。
「伊呂波、紹介するね。
この人は初芽と言って、私と同室の——」
そう言いかけたとき、楓は気づいた。
伊呂波の耳には自分の声など全く届いていない様子であることに。
彼女の儚げな瞳が、初芽へ一心に向けられていることに。
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