1597年

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1597年

「ほれ!きちんと竹を刺さぬか!」 「すみません!!」 「先程の田畑でも、お主の刺したものが真っ先に抜けていたなあ?」 ——どうしてこんなことになったのだろう。 楓は額の汗を拭いながら、両手で握っていた竹を大地に向かって突き立てた。 遡ることおよそ一ヶ月前—— 会社員としてごく平凡な暮らしを送っていた楓は、気がつくと『この時代』に居た。 道端で意識を失っていたところを、着物を着た老夫婦に発見されて介抱を受け、 助けてくれた彼らとの対話を通し、信じ難いが自分が昔の時代にタイムスリップしたことを理解した。 人々の外見や家屋などの町並み、生活用品といった手がかりから、どうやら室町時代後期ではないかと推測した楓は 次に、行く当てのない自分がどうすればこの時代を生き延びることができるのかを考えた。 そこで助けてくれた老夫婦に、住み込みで働ける仕事はないかと相談したところ 巷では武士たちが『検地』なるものを積極的に進めており、人手を欲しているらしいとの情報を得た。 『検地』は田畑の面積を測量し、農民が納める石高を正確に管理するため行われているものの、 測量が重作業で時間もかかることから、武士たちは人を雇って労働をさせているということだった。 また、町を次々と移動して測量していくため、雇われた者は寝食の世話をしてもらえるという話も教えてもらった。 老夫婦が武士に口利きをしてくれたお陰で 楓は早速検地の仕事につくことができ、当面の間は食いつなげることに安堵したのも束の間—— 体力仕事に不慣れな楓は、強い日差しの下で日がな重い測量道具を使って検地を行う作業に疲弊し切っていた。 意識が朦朧としながらも、どうにか生き延びるために仕事をする楓だったが 非力なことを理由に、雇い主であり現場を仕切る武士から虐げられていた。 おまけに、この測量チームで唯一の女だったことも災いし—— 「足腰に力を入れろと言っておるではないか! ……口で言ってもわからぬか?」 「——ッ!?」 武士は徐に楓の背後まで近付くと、下半身をぴたりと彼女の背後に当てて続けた。 「ならば身体に教え込むしかあるまいな?」 「っ、やめて……ください……」 「ううむ?お主、雇われの身でありながら口ごたえするのか?」 「……」 もう嫌。 パワハラもセクハラも、不慣れで不便なこの時代も、何もかもから逃げてしまいたい。 元の時代に帰りたい…… 下半身を押し付けられ、激しい嫌悪を抱きながらも それを上回る恐怖からその場を動けず、ひたすら地面を見つめ唇を噛み締めていた時—— 「アンタ何してるんだ」 ——聞き馴染みのない声に楓が顔を上げると、そこには一人の女が立っていた。
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