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上質そうな着物を身に付け、その衣装に劣らぬ品のある顔立ちをした女。
女は凛々しい表情のままこちらへ近づいて来ると、楓に下半身を押し付けている武士の手首を掴んだ。
「アンタ、真っ昼間から開けた場所で下半身を擦り付けたりして恥ずかしくないのか?」
「なっ……!」
武士は女の手を振り払うと、ギリっと彼女を睨みつけた。
「そういうお前こそ、武士である私に物申すとは、無礼にも程がある!」
「無礼?」
女はせせら笑うと、
「アンタ、今自分を武士と名乗って誇れるようなことしてた?」
と煽った。
「この女……!!」
すっかり楓の存在を忘れ、武士は腰に刺していた刀に手を掛け、女の前で抜いてみせた。
「私は領主様から勅命を賜り検地を行う身であるぞ?
検地を邪魔するのは領主を愚弄するも同義。
ゆえに領主愚弄罪でお前を叩き切ってやる!」
武士が女に斬りかかったため、楓はハッと息を呑んだ。
どうしよう、私を助けてくれた女の人が斬られてしまう!
止めないと……!
「やめてくださ——」
楓が叫ぼうとした時だった。
キンという鋭い音が響いたと同時に、武士の体は電流が流れたかのように震え、
次の瞬間には手元から刀が抜け落ちていた。
「聞くところによれば、刀は武士の魂なんだろう?
こんな簡単に魂を落としてしまうなんて情けない武士だよね。
アンタに武士を名乗る資格はないよ」
女は、どこに隠し持っていたのか短い刀を鞘に仕舞うと、驚き動けなくなっている武士に対してそう言った。
「あ……」
短刀を抜き、武士の振り下ろした刀を受け止めて弾き返す——
一瞬の間にそれをやってのけた女の鮮やかな動きに楓は釘付けになった。
武士が力の抜けたようにへなへなと座り込む側で、楓もまた呆然と立ち尽くしていると、女は楓に視線を向けて言った。
「アンタ、こんな武士の端くれみたいなののもとでこれからも働くつもり?」
「え……?ええと……」
まだ頭が追いついていない。
この女性はどんな意図でそれを訊ねているのだろう?
「嫌だと思うなら、割りの良い仕事を紹介できるけど——どうする?」
「!」
……どうしよう。
割りの良い仕事って聞くと、なんだか怪しいイメージが浮かんでしまう。
この女性のことを信じてもいいのだろうか。
——でも、私を助けてくれたことには間違いない。
この女性は悪い人じゃないと信じたい。
「……やります。紹介して頂けますか、そのお仕事を」
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