1597年

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思わず声を張り上げると、初芽はその勢いにどきりと肩を揺らした後、 「ああ、そうだよ」 と返した。 「石田三成様の奥方であらせられる、うた様の世話をするのが私の仕事」 初芽がそう続ける横で、楓は唇を震わせていた。 石田三成…… あの石田三成の元で働けるの、私!? ってことは…… 「——紅葉」 楓は思わず口にした。 「え……?」 「あっ……!突然、ごめんなさい」 怪訝そうな顔をする初芽に、楓は慌てて謝った。 「えっと……。石田三成様のことは存じています。 お会いしたことはありませんが、その、名の通った武士でいらっしゃるので」 「まあ確かに、この辺りの人じゃなくても名前は聞いたことがあってもおかしくない。 なんせ天下人——豊臣秀吉様に古くから近習として仕え、今や片腕として政治を担う御方だからね」 「ハイ!そんな凄い御方——の奥様に仕えられるなんて、緊張しますが光栄です」 そしてそれ以上に、期待してしまう自分がいる。 だって石田三成の側には、私が長年推してきた人がいるはずなのだから—— 「あのっ……!」 楓は激しい衝動に突き動かされ、初芽に言った。 「紅葉——石田三成様の元で働く、紅葉という名前の家臣をご存知ないでしょうか?」 すると初芽は、間を置かず答えた。 「そんな名前の家臣は知らない」 「そう、ですか……」 楓はがっくりと肩を落とした。 しかし、石田三成ほどの身分であれば家臣も大勢いるだろうし、 侍女の初芽が知らなくても仕方がないことだろうと楓は思い直した。 それに、『現在時点』ではまだ石田家に登用されていないのかもしれない。 楓が気持ちを持ち直していると、初芽が尋ねてきた。 「何?その人は知り合いか何かなわけ?」 「紅葉は私の推し——」 そう言いかけて、楓はハッと口をつぐんだ。 『推し』なんて言葉、通じるわけないのに。 仮に言葉の意味を説明したところで、聞いたこともない言葉を使う私のことを怪しまれるだけだろう。 侍女として雇ってもらうためにも、なるべく不審がられないように徹底しないと。 「……いえ。すみません、なんでもないです」 「なんでもないってことはないだろうに」 「本当、何でもないんです!……ごめんなさい」 適当に、昔馴染みの知人の名前だとでも誤魔化せたら良かったが、 咄嗟のことでうまい言い訳が思いつかなかった楓。 初芽は先ほど以上に怪訝そうな表情を浮かべる結果となってしまった。 「——まあ、いいよ。 でも私の前ではともかく、うた様や三成様には不信感を与えないよう、言動には気をつけた方がいい」 「はい!気をつけます」 初芽さんって、優しい人なんだな。 見ず知らずの私を助けてくれて、仕事を紹介してくれて、アドバイスまで…… タイムスリップしてから辛いことばかりの日々だったけれど、 今日初芽さんと出会えたことで、これから先はきっと良い未来が待っている—— そんな気がする。
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