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「え……と」
伊呂波が初芽を見つめたまま固まっていることに戸惑いつつ、楓は視線を初芽に戻した。
「伊呂波はね、まだ働き始めて間もないけれど、あらゆることの筋がいいの。
筋がいい上にとても頑張ってくれていて、心強い仲間ができて良かったなと思ってる」
「ふうん。——初芽です」
初芽は楓から視線を伊呂波に移し、挨拶をした。
あ……
今、自然と見比べられた気がする……?
何故だかわからないが、そう感じた楓。
会話の相手が自分から伊呂波に移行し、視線がスムーズに移動しただけだとは思う。
しかしそれだけでは言い表せないような何かがあるような気がして、楓は調子が狂う感覚を覚えた。
「伊呂波です」
伊呂波が淑やかなお辞儀を返すと、
「それじゃあ、三成様の元に行かないといけないから」
と、初芽はあっさり言って廊下を通り過ぎて行ってしまった。
「……もう。名前だけじゃなくて、せめて『三成様の近習です』くらいの自己紹介をして行けばいいのに」
楓が呆れたように言うと、伊呂波は
「今の方とは親しいのですか?」
と尋ねてきた。
「親しいというか……うん。
同室だから、毎日顔を合わせて喋ってはいるよ」
楓が答えると、伊呂波は目を見開いた。
「殿方と同じ部屋で寝泊まりを?!」
「成り行きというか……」
初芽が元は女装をして、侍女として働いていたことを話すべきだろうか?
しかしそれを言えば、女装をしていた理由を問われ、元は間者だったことまで話さなくてはならなくなるのではないだろうか?
このお城の多くの人は初芽が間者であったことを知っているし、いずれは伊呂波の耳にも入ることかもしれないけど、
率先して私がそのことを話すのも違うような……
「わ——私が初芽と同室が良いと言ったから……かな」
すると伊呂波は先ほど以上に驚いた様子で言った。
「それって——楓殿が、初芽殿を好いているということでしょうか……?!」
「え?!」
「そして初芽殿も同じように楓殿を慕っているから、同室の誘いを受け入れた——と?」
「そ、そうでもないというか……」
楓はぽりぽりと頭をかくと、苦し紛れにこう説明した。
「少し前までは使用人が沢山いて、一人部屋が無かったの。
それでいて私と初芽が続けて雇用された時期でもあって……
それで苦肉の策で私たちが同室の部屋割りになったの」
嘘ではない。
楓は初芽の経緯を隠しつつ、事実の一部だけを抜き出して伝えた。
「そうだったのですね。
今、私は一人部屋を使わせて頂いていますけれど……贅沢な使い方をさせてもらっていたのですね」
「確かに、今使用人の中で一人部屋なのは伊呂波だけだったかもしれないね」
「では、私と楓殿が同室になりましょうか?
私は一人でも二人でも、どちらでも構いません」
「あ……。えっと……。
私はかなりいびきがうるさいみたいで……。
……それに初芽との同室暮らしにすっかり慣れてしまって、今の部屋割りでも特に不都合ないというか」
初芽との同室を続けたいと願う楓がそう説明すると、伊呂波は「でも」と心配そうな表情を浮かべた。
「男女が同じ部屋で夜も暮らしていて——間違いが起きたりはしないでしょうか?」
「?!」
「その、初芽殿が急に『いたたまれなく』なって、そばで眠る楓殿を——ですとか……」
「その心配は感じてないよ!」
楓ははっきりとした口調で言った。
「初芽からは、私のことは家族みたいな——妹のようだって言われているから!」
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