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「まあ!新しい侍女を連れて来てくれたの!」
楓と初芽が並んで座る前には、優しげな表情を見せる女の姿があった。
「休暇から戻ってきたと思ったら、見知らぬ子を連れて来たもので驚いたわ。
でも事情を聞いたら同情してしまうわね」
——初芽の後をついて来た楓は、町を抜けた後に山を登り、立派な城の中へ通してもらった。
佐和山城と呼ばれるこの城は、石田三成が主君である豊臣秀吉から与えられたもので、
その外観からも三成が豊臣家臣において高い地位を得ているとわかる構えであった。
——そして城に入った後、楓は奥座敷に住む三成の妻『うた』と面会することとなったのだった。
「困っている子に手を差し伸べる初芽の優しさを私も尊重したいわ。
これからよろしくね、楓」
「ありがとうございます……!
どうぞよろしくお願いいたします」
どうやら初芽は、うたから大きな信頼を得ているらしい。
初芽が連れて来たというだけで、うたは楓に対しての警戒を一気に解いた様子であった。
うたは初芽の隣に座る楓をまじまじと見ると、くすりと微笑んだ。
「ふふ。二人とも美人さんね。
侍女が綺麗な子ばかりでは、三成様の心が揺らいでしまわないか心配になっちゃう」
「そのような心配はせずとも良いでしょう」
初芽は、冗談混じりといった調子で話すうたに対し、真顔で返した。
「三成様の御心は常にうた様にあるとお見受けしますから」
「ふふっ。ありがと、初芽」
うたは少しくすぐったそうに照れ笑いを浮かべた。
「というより、そもそも三成様は色恋にうつつを抜かす暇なんて無いでしょうけど。
今日も相変わらず伏見のお城に篭りきりだし」
うたは、ぽかんと話を聞いていた楓にこう説明した。
「ここ——佐和山の城は三成様が主君から与えられたものだけれど、
その主君である秀吉様のお側で政務を行うことが多いから、三成様は秀吉様のいらっしゃる伏見の城に出入りすることが多いのよ。
泊まりがけになることも少なく無いわ。
そんな多忙を極める三成様には、正室である私以外に妻を娶る余裕など無いってお話よ」
「な、なるほど……」
としか、言えなかった。
そんなことない、多忙でもそうでなくとも、三成様の心はうた様だけにありますよ——などというおべっかは
初対面で、これから仕えることとなる相手には到底言えない。
しかし三成のことを話すうたの表情がなんとなく暗いものに伺えた楓は、
自分がもっと気の利いたことを咄嗟に言える人間であったならば良かったと悔やんだ。
「——楓のことは、三成様に会えた時に私から紹介するわね」
「ありがとうございます!」
トントン拍子に雇用が決まり、楓はどこか気後れしながらも深く頭を下げた。
「それとうた様。楓も私と同様、住み込みで働ければと思うのですが」
初芽が言うと、うたは少し考え事をするように俯いた。
「そうねえ……。今、住み込みの使用人の部屋が足りていないのよね。
当面の間、初芽と同室じゃ駄目かしら?」
えっ、初芽さんと同室?
楓は思わず口に出しかけたところでそれを呑み込んだが、同じ言葉が初芽の口から飛び出した。
「楓と同室?」
するとうたはこう告げた。
「女同士、そこまで抵抗はないでしょう?
他の使用人達も、複数人で部屋を使っている者も多いことだし」
「……」
初芽は少し考えた後、楓に視線を向けた。
「……楓がそれで良いなら、私は構わないけど」
「え?」
「どうする」
どうすると言われても、楓には選択権など無かった。
住む場所のない楓にとっては、たとえ今日会ったばかりの他人と共同生活になろうとも、断るすべがない。
「私も、それで構いません」
「決まりね!」
うたはパン、と両手を合わせ
「初芽、楓を部屋に案内してあげて」
と初芽に告げた。
「あなたも疲れているでしょう?
今日は他の侍女たちに用事を任せるから、あなたと楓は部屋でゆっくり休むといいわ」
「ありがとうございます」
初芽は頭を下げると、「行くよ」と楓に促した。
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