愛デア

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愛デア

 僕は言った。 「最近さあ」  彼女が応える。 「なあに」 「変な話なんだけどーーきみとベッドインすると、小説のアイデアが浮かぶんだ」 「えー、なにそれえ」  僕はしがないショートショート作家。  食べていくだけで精一杯の売れない物書きだが、そんな僕が近頃気づいたこと。 「あの、そのーー空白になるだろ」 「まあ、いやだ、ウフフフ」 「その瞬間、閃くんだよね」  コトが終わるといそいそとメモを書き出す僕を見て、彼女は半分呆れ半分笑っていたが、僕にとっては死活問題。ショートショートはアイデアが命だ。  彼女が告げる。 「(つや)がないわね」 「仕方ない。忘れるわけにはいかないんだから」  僕はその現象、浮かんだアイデアを〈愛デア〉と名づけた。  愛し合うと浮かぶ。だから〈愛デア〉。そんなに悪いネーミングじゃないだろ?  僕らは仲がよかった。ケンカなんかしない。だからその、ーー頻繁にイタした。  ゆえに、〈愛デア〉がたくさん浮かび、ネタ作りに苦労するということがなくなった。  編集や読者のウケもいい。  秋。秋ってなんだろう。  そう、秋は別れの季節。  僕と彼女は別れた。  原因?  なんとなくのすれ違い。気持ちのずれ。噛み合わない会話。通じない心。  僕は、独りになった。  僕は失恋の痛手で、当然のように落ち込んだ。  それでも書かなければならない。生活を送らなければならないのだ。  しかし、〈愛デア〉はもう浮かばない。彼女は去った。  人気が落ちていく。  今さら、どうしろっていうんだ。  それから、冬。  ある夜。  独り身の寂しさから、なんとなく自分でイタした。  空白に達したとき、なんと、アイデアが閃いた。 (あっ。一人でも浮かぶんだ。浮かんだぞ!)  それは、大発見だった。  よし、これでなんとかなる。またたくさん書ける。評判も回復する。  僕はかけがえのない宝を得たような気分になって、有頂天。  しかし、世の中はあまくはなかった。  人気は落ちたまま。編集も、読者も、如実に質の低下を指摘する。  一人での〈愛デア〉は、全く通用しなかったのだ。  彼らは口を揃えてこう言った。 「ここんところのあなたの作品ねえーー  どれもこれも、〈独りよがり〉なんですよ」 
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