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デブでブサイクでまるで冴えない僕が一番好きな居場所は堤防である。緑が生い茂る斜面に寂しく座り、葉っぱを切り取っては時折笛を吹く。
ああ、そうかぁ。
いよいよもう、平野さんは僕の部屋には来てくれないのかぁ。
悲しいわけではない。――ううん、じつは悲しい。だけど悲しいというより物足りないという表現のほうがしっくりくるように思う。毎日平野さんがいて、僕の部屋にはベッドの上でマンガを読んで爆笑する平野さんがいて――。情けない。少し涙が出てきた。それほどまでに平野さんとの時間はスペシャルだったのだと思う。ほんとうに僕はどこまで身の程知らずなのか。そう思考するとますます泣きたくなってしまう。
腰を上げ、斜面を登り、帰り道を行くことにする――斜面を登り――デブの僕にはそれなりの苦行である。ま、そんなこと、もうどうでも良いのだけれど。
とぼとぼと歩いている最中、ウチの学校の男子と女子――カップルだろう――が、近所の「悪い高校」の生徒にからまれている場面に出くわした。こういうときの僕は卑怯だ。脇をすり抜け去ることを良しとするのだから。だけど、今日に限ってはそういうわけにはいかなかった。
だってそこには平野さんがいたのだから。
どう考えても怖ろしいことに、平野さんが付き合っているとされている男子生徒はみっともない悲鳴を上げて物凄い勢いで逃げてしまった。「連中」の目当てが平野さんであることはわかりきっている。相手は三人もいる。僕が知っている平野さんならどこに連れていかれるにあたってもぎゃあぎゃあと喚くことだろうけれど、だからといって見過ごすことはできない。
僕は男たち三人と平野さんとの間に「素早く」割って入った。素早くかな? きっと違う。僕は太っちょののろまなのだから。
よほど僕のことを邪魔に感じたのだろう。いきなり頬を殴られた。でっぷりとした腹部を蹴られ、僕は地面に転がることを余儀なくされた。だけど、そこまで効いてはいない。太っちょの自分に感謝だ。
「タナベ!」
地に転がっている僕の身体に覆いかぶさるようにして、平野さんが近づいてきた。
「いいよ、平野さん。僕ならだいじょうぶだから」
「でもっ!」
「僕が好きでやっていることだから」
僕はゆっくりと立ち上がり、三人の男と改めて向かい合った。僕はじつは彼らのことをあまり悪い連中だとは思っていない。即物的で貪欲。――アリなのだ。なにより僕が許せないのはみっともなく戦うことすらせずに敗走を決め込んでしまった例の恋人殿のことなのだ。
「渡さないよ。この女のヒトは――」
案外素直に、その文言の意味するところを察してもらえた。
「喧嘩ならいくらでもしてやるけどな、殺し合いはごめんなんだわ」
リーダーと思しき一人は穏やかに笑み、穏やかにそう言い、身を翻した。
安心して、僕は前のめりに倒れた。
「タナベ、タナベ! ふっざけんなよ! カッコだけつけて死ぬつもりか!?」
だいじょうぶだよ、そんなの。
ヒトに一発二発殴られたところでニンゲン、決して死んだりしない。
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