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平野さんは僕のベッドの上で小さなゲーム機をいじっている。時折「きゃははははっ」と高い声で豪快に笑う。平野さんはうつ伏せの状態で完全にくつろぎながらゲームに向かっているわけで、だからその態勢で足をぱたぱたなんてさせられてしまうと短いスカートからはやはり下着が見えてしまうわけで……。――今日はおかゆでも食べることに決める。太りやすい僕は最近また太ってきた。得も言われぬストレスのせいだろうか……。
「タナベよぉ、パンツ見るくらいタダなんだぜ?」
「ですから勘弁してください、だから、ほんとうにほんとうに……」
「泣き言っつーんだ、そーいうのは」
「ほんとうにもう帰っていただけませんかぁ……?」
悩みに悩んだ上の結論として、僕は「もうやめてくれぇ」と頭を抱えた。平野さんには悪戯心はあろうとそのじつ悪気があるようには見えない。だけどどう考えたところで引いた状態で構えていると平野さんに平野さんらしく振る舞われてしまう。となったら、それなりに――いや、メチャクチャ困ってしまうわけで……。
僕が悪いわけがない。
平野さんが悪いわけでもないのかもしれない。
――ただ、だんだん腹が立ってきた。
速やかにむかっ腹が立ってきたというわけだ。
「平野さん」
「なんだよ、改まったふうに」
「もう帰ってください。迷惑だから」
きつい言葉を浴びせたつもりだ。
ブサイクでデブで冴えない根暗な僕なりに思い切った言葉を口にしたつもりだ。
驚いたような顔をされるかもしれないとは思った。
なにかどぎついことを言い返されるような予感すらあった。
――が。
「ひゃぁんっ! あっあっ、やぁんっ!」
平野さん、いきなり突然突拍子もなく、そんな怖ろしいまでに色っぽく官能的な声を上げた。ベッドの上で身体を起こして、両腕で自らの身体を抱き締めながら、その細い身をよじったのだ。びっくりした目で見ていると頬を染め、顔を真っ赤にした。のち、はっとしたような顔をして、平野さんはなんだかしどろもどろといった感じであちらこちらにと目を泳がせた。
そのさまを見て、僕はかなり驚いた。
とことんまでに意外とかしか言えないラブリーなリアクション――。
「ななっ、なんですか、平野さん」
「やめろぉっ、その声でしゃべるなぁぁっ、いよいよ我慢できんぞぉぉっ!!」
「えぇぇぇっっ?」
平野さんがベッドから下りて近づいてきた。
反則なまでに印象的な真っ赤な顔で見上げてくる。
ほんとうに真っ赤な顔が近づいてくる――。
「だ、ダメだ。やっぱりテメーの声はダメだっ、反則だだだっ!」
「な、なんの話ですか?」
「おまえはブサイクだ。超絶の冴えないデブでブサイクだ。だけど、声だけはなんなんだよぉぉぉっ!!」
「えぇぇっ?」
「ルルーシュだ!」
「ル、ルルーシュ?」
「そうなんだよぅ、アホみたいにルルーシュなんだよぉぉぉぉ」
平野さんの右のローキック。
僕は左脚にもろにもらったのである。
「い、痛いですっ、平野さんっ!」
「うるせーっ! なんだったらいまここで抱け! 抱いてみろ! あたしの耳元で『ナナリー愛している』だとかニヒルに囁いてみろ!!」
「えぇっ、ナナリー? 平野さんは平野さんではないですか!?」
「うるせーバカ! 死ねバカ! つーかマジその声でしゃべんな、馬鹿!! あああ、ううぅ、マジ、ルルーシュの声でしゃべんな、死にてーのか?」
いや、死にたいとか、そんなわけはないのだけれど――。
僕はとにかく目を白黒させ、ではいっぽうの平野さんはというと、赤面したままぷくぅと口を膨らませている。そのかわいさに、目がくらんだ。
「平野さん、どうあれ今日はとりあえずおうちに帰られては?」
「やだっ」
「どど、どうして?」
「あたしはあんたを独り占めしてやるんだっ」
「えぇぇーっ」
まったくもって率直な回答だ。
冗談だとしたら……それはそれでタチが悪すぎる。
「テメーは気づいちゃいねーんだろうけど」
「えっ、は?」
「だっ、だから鈍感でアホでバカでとんちきでデブで鈍感なおまえは気づいちゃいねーんだろうけれどっ」
「ですから、は?」
平野さんはいよいよ強い目をして、ぐっと顔を寄せてきた。
「だ・か・ら、オメーは案外、女どもに人気があるんだよ!」
「えっ!」
耳にしたことがない情報だった。
平野さんが勢い良く抱きついてきた。当然僕は驚いたわけで、まあ、だからと言ってその、えっと、なんと言うか……。
「声がいい男ってのは、結構、モテるんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。明日も来るぜ」
「えっ?」
「馬鹿野郎、それくらい察せし、くそったれぇぇっ!」
「いらしてくれるのは断りませんけれど」
「だったら喜べぇっ!」
「喜びます喜びます。あとでゆっくり喜びます」
「あ、あたしんこと突き放しやがったら許さねーぞ」
「しません、しませんよそんなこと……たぶん」
「たたたっ、たぶんだぁ!?」
「しません、ホント、ごめんなさい!!」
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