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王女さまは失敗ばかりした。接客態度が横柄であることは想定内なのだけれど、運ぶだけなのに、途中でどんぶりをひっくり返してしまうありさま。きっと、それこそ、スプーンよりナイフより重い物なんて持ったことがないのだ。でも、ぼくは怒ったりしなかった。いちいち目くじらを立てる性格でもないし、まるごとおじゃんにしたところで、また作ればいい。お客さんを待たせてしまうとか、原価がどうとかいう問題は発生するけれど、あいにく、ウチの店は盛況だ。
――それから少し経過しての昼休みのことである。王女におばちゃん、そしてぼくが、厨房のなかに置いた小さな四角いテーブルを囲んでいる。
王女はまかないの焼き飯を食べると「わぁ」と、まあるい声を出し、それが恥ずかしかったのか、頬を桃色に染めた。続いて、不機嫌そうな顔をした。
「し、仕方ないじゃない。この焼き飯はおいしいのよ。レシピがあるなら聞かせなさい。命令よ」
ぼくは「にんにく味噌を使っているんだよ」と答えた。いつのまにやら、ぼくは王女さまに対してフランクな接し方をしている。
「今度、具体的に作り方を教えなさいよね。おいしいものは万国共通なんですからね」
「王女さまはどこかに似たような店を作って、レストランでもやりたいの?」
「やりたいわけないじゃない。こんな仕事をしていたら、身体中から強烈な負の臭いがするようになってしまうわ」
「すでににんにく臭いよ」
「まあ、まあっ、なんですって!?」
「ぼくは応援します」
「な、なんの話?」
「だから、どこかで店を出したいというのであれば、暖簾分けをするにあたっては、やぶさかではないということだよ」
「暖簾なんて要らないわよ! 私はこのお店が大好きなんですからねっ!」
焼き飯の皿を、ぼくはテーブルに置いた。
「ただ、思うんだ、王女さま」
「あらたまったふうにして、いったいなによ?」
「毎日、SPのヒトを店の表に立たせておくのは、忍びないよ」
「あー、わかった、わかったわ。ジョン、あなたは私が王女であることが気に食わないのね?」
「そうは言ってない。むしろ王女さまは、もはや貴重な戦力だよ」
「だったら、わたしは、やってやるんだから」
「なにをするの?」
「ジョン、あなたが望む私になってあげる」
――五日後。
くだんの第四王女さまが、王室を離脱するというニュースが流れた。国民みんなが「えぇーっ」とか「ひょえぇっ」とか驚いたことは言うまでもない。手続きに半年ほどかかるらしいけれど、彼女は本気らしい。ぼくは戸惑った。来る日も来る日も我が店でラーメンを運んでくれているからといって、それとこれとは話がまるっきり別だ。
王女はやはり、毎日毎日、ラーメンをお客さんのまえまで運ぶ。最近は愛想もよくなって、「今日もおいしいですよーっ」とか、「いつもご来店、ありがとうございまーす」などと言って迎える。最初は戸惑ってばかりいたお客さんたちだけれど、最近はもっぱら、かわいいかわいいと、第四王女"ソフィアちゃん"を快く思っている感じだ。
表にSPさんの姿はなくなった。自らが強く望んだ結果だと言って、ソフィアは笑った。しばらくは、あるいは自身が生きているあいだは護衛がつくのかもしれない。だけど目に見えて、素直に、あるいは朗らかに、くったくなく、彼女は笑うようになった。
ソフィアがニ十歳になったと知ったのは、その頃のことだった。
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