2.第四王女さま

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*****  王女さまは失敗ばかりした。接客態度が横柄であることは想定内なのだけれど、運ぶだけなのに、途中でどんぶりをひっくり返してしまうありさま。きっと、それこそ、スプーンよりナイフより重い物なんて持ったことがないのだ。でも、ぼくは怒ったりしなかった。いちいち目くじらを立てる性格でもないし、まるごとおじゃんにしたところで、また作ればいい。お客さんを待たせてしまうとか、原価がどうとかいう問題は発生するけれど、あいにく、ウチの店は盛況だ。  ――それから少し経過しての昼休みのことである。王女におばちゃん、そしてぼくが、厨房のなかに置いた小さな四角いテーブルを囲んでいる。  王女はまかないの焼き飯を食べると「わぁ」と、まあるい声を出し、それが恥ずかしかったのか、頬を桃色に染めた。続いて、不機嫌そうな顔をした。 「し、仕方ないじゃない。この焼き飯はおいしいのよ。レシピがあるなら聞かせなさい。命令よ」  ぼくは「にんにく味噌を使っているんだよ」と答えた。いつのまにやら、ぼくは王女さまに対してフランクな接し方をしている。 「今度、具体的に作り方を教えなさいよね。おいしいものは万国共通なんですからね」 「王女さまはどこかに似たような店を作って、レストランでもやりたいの?」 「やりたいわけないじゃない。こんな仕事をしていたら、身体中から強烈な負の臭いがするようになってしまうわ」 「すでににんにく臭いよ」 「まあ、まあっ、なんですって!?」 「ぼくは応援します」 「な、なんの話?」 「だから、どこかで店を出したいというのであれば、暖簾分けをするにあたっては、やぶさかではないということだよ」 「暖簾なんて要らないわよ! 私はこのお店が大好きなんですからねっ!」  焼き飯の皿を、ぼくはテーブルに置いた。 「ただ、思うんだ、王女さま」 「あらたまったふうにして、いったいなによ?」 「毎日、SPのヒトを店の表に立たせておくのは、忍びないよ」 「あー、わかった、わかったわ。ジョン、あなたは私が王女であることが気に食わないのね?」 「そうは言ってない。むしろ王女さまは、もはや貴重な戦力だよ」 「だったら、わたしは、やってやるんだから」 「なにをするの?」 「ジョン、あなたが望む私になってあげる」  ――五日後。  くだんの第四王女さまが、王室を離脱するというニュースが流れた。国民みんなが「えぇーっ」とか「ひょえぇっ」とか驚いたことは言うまでもない。手続きに半年ほどかかるらしいけれど、彼女は本気らしい。ぼくは戸惑った。来る日も来る日も我が店でラーメンを運んでくれているからといって、それとこれとは話がまるっきり別だ。  王女はやはり、毎日毎日、ラーメンをお客さんのまえまで運ぶ。最近は愛想もよくなって、「今日もおいしいですよーっ」とか、「いつもご来店、ありがとうございまーす」などと言って迎える。最初は戸惑ってばかりいたお客さんたちだけれど、最近はもっぱら、かわいいかわいいと、第四王女"ソフィアちゃん"を快く思っている感じだ。  表にSPさんの姿はなくなった。自らが強く望んだ結果だと言って、ソフィアは笑った。しばらくは、あるいは自身が生きているあいだは護衛がつくのかもしれない。だけど目に見えて、素直に、あるいは朗らかに、くったくなく、彼女は笑うようになった。  ソフィアがニ十歳(はたち)になったと知ったのは、その頃のことだった。
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