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その日、ギルドからの帰りにおいて、激辛ラーメン屋に寄ったのである。街の裏路地にある店で、まえから訪れたいとは思っていたのだけれど、辛い物を食べておなかを壊しでもしたら、翌日の"勇者"の仕事に支障をきたしてしまう。辛い物。ぼくはもともと好きなのだ。考えるだけでも唾液が湧く。幸い、いまはひまだ。だから思いきって、暖簾をくぐったのである。カウンター席に座り、一番の名物を頼んだ。
おいしかった。
おいしかったのである。
スープまでまるっとたいれげてしまうくらい、おいしいものだったのだ。
ぼくはぼそぼそと、その旨、訴えた。
とてもおいしいですね、ありがとう、と礼を述べた。
すると――。
「ウチの店、今日で最後なんだよ」
「えっ!?」
「旦那がダメなのさ。もう長くないって言われてる」
「そ、そんな……」
「誰か後継ぎがいるといいんだけどねぇ。ウチのはおいしいからねぇ」
店の主――その人物に近しいであろう女性――きっと奥さんであろう人物からそう聞かされて、ぼくは戸惑った。
「ほんとうに最後だ。これからウチの旦那は、くたびれていくばかりなんだ」
「ほんとうに?」
「嘘をついて、どうするんだい」
「だったら、ぼくが――」
「ぼくが、なんだい?」
「ぼくが一生懸命、あとを継ぎます!」
気がついたら、そんなことを口走っていた。
とっさの反応ではあるけれど、運命だけは感じた。
「『伝説の勇者』だろう? 知ってるさ、そのくらい。妙な威厳と迫力があるからね。一度見たことがあるし、いまもそんな雰囲気でここにいる。そんな男がラーメン屋かい? 笑わせるんじゃないよ。冗談はよしな」
「本気です。がんばりたいです」
「あんた、なにかあったのかい?」
「つらいことが、あったんです」
「一歩踏み入れたら最後、ひき返せない仕事だよ? 舐めるなって話さね」
「それでも、やりたいです。がんばります」
「ウチの名物はわかるかい?」
「真っ赤な唐辛子を使った、辛味噌ラーメンです」
「そうだよ。それだ。あんたに出してやった、それだ」
やっぱり赤唐辛子が大切なんだ。
そう言って、おばちゃんは笑った。
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