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修行に一年、費やした。店主――おっちゃんは死んでしまった。癌だったのだ。ぎりぎりまでぼくにラーメンづくりのいろはを教えてくれた。おっちゃんが亡くなって、ぼくは落ち込んだ。死に際、おっちゃんの落ちくぼんだ目元と薄っぺらくなってしまった手を見て、泣きたくなるくらい、悲しくなった。泣かなかった。ぼくはそれくらいには強くなった。おっちゃんがいたからこそ、一生懸命にがんばれたわけだけれど、おっちゃんがいなくなったからこそ、心も身体も引き締めて、持ちえたものをすべて投じて、がんばろうっていう気になったのだ。
文字どおり、ぼくは店の主人になった。おばちゃんには引き続き、配膳係をお願いしている。おばちゃんは「旦那の味だ」と評価してくれている。「これならまだまだ店を開けていられるねぇ」と喜んでくれた。ぼくは生き甲斐を見つけた。一番出るのは、やっぱり真っ赤な辛味噌ラーメンだ。食べたヒトは額に汗を浮かべながらも、「この唐辛子の辛さがたまらないのさ」と言って引き揚げていく。だからぼくは、よりよい赤唐辛子を仕入れるべく、あちこち回った。一番おいしいものを見つけた。だけど、それってあまり意識されないことだろうとも思う。お客さんはわからないかもしれない。それでもぼくは。こだわることが好きらしい。そんな考え、"伝説の勇者"だった頃は、意識もしなかったことだけれど。
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