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店の評判が広まり、たくさんのヒトが来店してくれるのは嬉しいことだけれど、まさか国の第四王女さまが姿を現すだなんて、考えてもいなかった。それはそうだ。どうして街の、しかも裏路地にあるラーメン屋に、わざわざおいでなすったのか。
「激辛ラーメンがおいしいと聞いたわ。早く出しなさい」
王女はそう言った。ぼくが頭に来るより先に、おばちゃんが怒った。
「お姫さまかなんだか知らないけどねぇ、順番があるんだ。守りな」
わからずやでもなければ、無礼でもない。金色の長い髪が美しく麗しい王女はそういった人物で、「いいわ、待ちます」と答えた。意外だった。王族のニンゲンなんて、偉そうで横柄でしかないと思っていたからだ。
数分後、おばちゃんが「あいよ、お待ち」と激辛ラーメンを王女に持っていった。ぼくはどきどきしていた。「まずい」と言われるのが嫌だからだ。ぼくの自信の腕を馬鹿にされ、蔑まれるのであればいい。だけど、この店のラーメンは、亡くなった先代の味を誇るのだ。
お客さんにすべての商品を提供したのち、ぼくはたまらなくなって、厨房から出て、王女のテーブルの脇に立った。白い首のスカーフを正して、おずおずと「いかがですか……?」と訊ねた。王女は王女らしくなく、がつがつ食べた。食べ終えると真白のナプキンで上品に口元を拭い、「ええ、悔しいけれど、とてもおいしかったわ。辛いものにもおいしいものはあるのね。あなた、城で雇ってあげるわ。こんな場末の醜い店のことなんて捨てて、さっさと来なさい」などとのたまった。長いセリフを早口で一気にのたまった。
ぼくは「城で雇う」との言葉には驚いたものの、"場末の醜い店"と言われたことについて強い憤りを覚えた。だけど、そんなふうにこちらに思われることを、王女は織り込み済みだったみたいで。
「言いすぎたわ。だからこそ、ウチに来なさい。高給を約束してあげる」
だけどやっぱり、その言い方はむしょうに癪に触って。
「嫌です」と、ぼくははっきりと言った。「一度かもしれないけれど、あなたはこの店を馬鹿にした。侮辱した。ゆるせることではありません」
「お、怒ることないじゃない」
「ぼくはまだまだひよっこです。だけど、先代はほんとうに立派なヒトだったんです。だから、怒ります」
「悪かったって、言ってるじゃない」
「ゆるします」
「えっ、もういいの?」
「いいです。ぼくはこれからもがんばります。以上です」
ぼくは厨房にひき返す。そのとき王女が「待ちなさいよ!」と大きな声で呼びかけてきた。
「わかったわ。城で雇うのは諦めてあげる。でも――」
「でも、なんですか?」
「私がこの店で働いてあげる。配膳係くらいだったら、できるでしょ?」
「は?」
「いいから、私はここで働くの! なにかテストが必要でも、がんばるの!!」
店内そのものが、いよいよしんと押し黙った。
「待ってください、王女さま。そんなわけにはいきません。ダメですよ」
「どうしてダメなのかしら。あなただって、もとは『伝説の勇者』でしょう? "勇者"がラーメン屋を営んでいるのに、どうして王女が配膳係をしたらいけないの?」
「そういう話ではありません。ぼくと王女さまとではまるで立場が――」
「いいの、そんなこと。もう決めました。明日、来ます、明日から働きます」
「そんな……」
はっはっは。
そんなふうに笑ったのは、おばちゃんだった。
「いいじゃないか、ジョン。雇ってさしあげようじゃないか。ダメならすぐにクビにしてやればいい。裏を返せば、箱入り娘の力の見せどころだよ」
「でも、相手は王女さまなんですよ?」
「その王女さまは、それでもいいって言っているんじゃないか」
王女はテーブルを両手でバンッと叩くと、立ち上がった。「エプロンくらいは用意しておきなさいよね」と上から目線で物を述べると、とっとと店から出ていった。外ではSPさんがスタンバイしているのだろうけれど、それはさておき――。
「いいんですか?」
「王女とはいえ、自分で言ったんだ。言葉には責任が伴うんだ。あんたがそうじゃないか。あんたはこの店を継ぐと言って、立派にやっているじゃないか」
「立派かなぁ」
おばちゃんは、また笑った。
「勢いでのたまっちまったのかもしれない。気にすることはないさね」
「それはそうなんですけれど」
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