2.第四王女さま

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*****  店の評判が広まり、たくさんのヒトが来店してくれるのは嬉しいことだけれど、まさか国の第四王女さまが姿を現すだなんて、考えてもいなかった。それはそうだ。どうして街の、しかも裏路地にあるラーメン屋に、わざわざおいでなすったのか。  「激辛ラーメンがおいしいと聞いたわ。早く出しなさい」  王女はそう言った。ぼくが頭に来るより先に、おばちゃんが怒った。  「お姫さまかなんだか知らないけどねぇ、順番があるんだ。守りな」  わからずやでもなければ、無礼でもない。金色の長い髪が美しく麗しい王女はそういった人物で、「いいわ、待ちます」と答えた。意外だった。王族のニンゲンなんて、偉そうで横柄でしかないと思っていたからだ。  数分後、おばちゃんが「あいよ、お待ち」と激辛ラーメンを王女に持っていった。ぼくはどきどきしていた。「まずい」と言われるのが嫌だからだ。ぼくの自信の腕を馬鹿にされ、蔑まれるのであればいい。だけど、この店のラーメンは、亡くなった先代の味を誇るのだ。  お客さんにすべての商品を提供したのち、ぼくはたまらなくなって、厨房から出て、王女のテーブルの脇に立った。白い首のスカーフを正して、おずおずと「いかがですか……?」と訊ねた。王女は王女らしくなく、がつがつ食べた。食べ終えると真白のナプキンで上品に口元を拭い、「ええ、悔しいけれど、とてもおいしかったわ。辛いものにもおいしいものはあるのね。あなた、城で雇ってあげるわ。こんな場末の醜い店のことなんて捨てて、さっさと来なさい」などとのたまった。長いセリフを早口で一気にのたまった。  ぼくは「城で雇う」との言葉には驚いたものの、"場末の醜い店"と言われたことについて強い憤りを覚えた。だけど、そんなふうにこちらに思われることを、王女は織り込み済みだったみたいで。  「言いすぎたわ。だからこそ、ウチに来なさい。高給を約束してあげる」  だけどやっぱり、その言い方はむしょうに癪に触って。 「嫌です」と、ぼくははっきりと言った。「一度かもしれないけれど、あなたはこの店を馬鹿にした。侮辱した。ゆるせることではありません」 「お、怒ることないじゃない」 「ぼくはまだまだひよっこです。だけど、先代はほんとうに立派なヒトだったんです。だから、怒ります」 「悪かったって、言ってるじゃない」 「ゆるします」 「えっ、もういいの?」 「いいです。ぼくはこれからもがんばります。以上です」  ぼくは厨房にひき返す。そのとき王女が「待ちなさいよ!」と大きな声で呼びかけてきた。 「わかったわ。城で雇うのは諦めてあげる。でも――」 「でも、なんですか?」 「私がこの店で働いてあげる。配膳係くらいだったら、できるでしょ?」 「は?」 「いいから、私はここで働くの! なにかテストが必要でも、がんばるの!!」  店内そのものが、いよいよしんと押し黙った。 「待ってください、王女さま。そんなわけにはいきません。ダメですよ」 「どうしてダメなのかしら。あなただって、もとは『伝説の勇者』でしょう? "勇者"がラーメン屋を営んでいるのに、どうして王女が配膳係をしたらいけないの?」 「そういう話ではありません。ぼくと王女さまとではまるで立場が――」 「いいの、そんなこと。もう決めました。明日、来ます、明日から働きます」 「そんな……」  はっはっは。  そんなふうに笑ったのは、おばちゃんだった。 「いいじゃないか、ジョン。雇ってさしあげようじゃないか。ダメならすぐにクビにしてやればいい。裏を返せば、箱入り娘の力の見せどころだよ」 「でも、相手は王女さまなんですよ?」 「その王女さまは、それでもいいって言っているんじゃないか」  王女はテーブルを両手でバンッと叩くと、立ち上がった。「エプロンくらいは用意しておきなさいよね」と上から目線で物を述べると、とっとと店から出ていった。外ではSPさんがスタンバイしているのだろうけれど、それはさておき――。 「いいんですか?」 「王女とはいえ、自分で言ったんだ。言葉には責任が伴うんだ。あんたがそうじゃないか。あんたはこの店を継ぐと言って、立派にやっているじゃないか」 「立派かなぁ」  おばちゃんは、また笑った。 「勢いでのたまっちまったのかもしれない。気にすることはないさね」 「それはそうなんですけれど」
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