17、新しいおうち

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17、新しいおうち

 今日は客人が来る。  例のクロエと契約しているという人間だ。  同居人である、シュバルツとリルに会っておきたいという。  暖かな陽射しがリビングに差し込む。  リルはそこで今日も唄っていた。  ピンポンと呼び鈴が鳴る。  クロエは通話ボタンを押す。 「はい」 『こんにちは。月城です』  画面にはスラリと背の高い、焦茶色の髪を背中辺りまで伸ばして肩でまとめた、丸い眼鏡をかけた男が映っていた。 「ああ、待ってくれ」  クロエは玄関を開けて、客人を招き入れた。 「お邪魔します」  客人は玄関先で靴を揃えて、部屋に入り律儀にシュバルツとリルに挨拶した。 「初めまして。私、月城と言います」  シュバルツは名刺を受け取る。  公認心理師  月城(つきしろ) (りょう) 「まぁ、これは表の商売で、裏の稼業の方が貴方方とはご縁が深いでしょう」  月城はにこやかに言った。 「祓い屋だと聞いてる」  シュバルツが月城に問いかける。 「そうです。基本的には式を使って除霊したり呪詛をかけたり祓ったり、たまに貴方方のお力をお借りしたり、まぁそんな様な仕事をしていますよ」 「あんたが身分証とか用意するのか?」  シュバルツが問いかける。 「そうですよ。人の死に関わりのある商売ですし、色々知り合いも多いので作れるんですよ、そういうもの。  私の父などは前魔王のご滞在をお世話したりしましたね。その繋がりで今もこうして魔界の方々の人間界でのお世話をさせて頂いてますよ。あ、遅くなりましたけど、これ。大した物じゃないですけど」  月城はクロエに手土産を渡す。 「どうも。で?挨拶しに来た訳じゃないだろ?」  皆でソファに座る。 「ああ、そうそう。シュバルツさんも相当お強い悪魔だとお聞きしたので、『呪』を受けておいて頂きたいんです」  シュバルツは怪訝な目付きで月城を見た。 「…何しようってんだ?」 「ああ、能力(ちから)の制限しようと言うんじゃないんですよ?ただ、追跡出来る様にさせて欲しいんです」 「追跡?」 「何か事件があった時にアリバイを保証できる様に。我々人間も一枚岩とは行きません。悪魔を排除したいという考えの人間もいます。  そんな人達にとっては悪魔が事件を起こせば格好の糾弾の材料になりますよね?」  シュバルツは月城をジッと見る。 「その時の為のアリバイって事か」  月城はにっこり笑う。 「私がお世話した魔界の方が何か起こしたとなれば、私の立場も危うくなりますからね。  この呪はクロエさんにも受けて頂いてますよ」  シュバルツは頭を掻いた。 「わかったよ。別に困らんし」 「ご理解頂けて嬉しいです。…リルさんは…とても弱い悪魔だとお聞きしたのですけど」  リルはクロエの服の袖をぎゅっと握って月城の顔をジッと見つめる。 「…おにいさん…こんにちは」  リルは恥ずかしそうにクロエの横で月城に挨拶する。 「お兄さんか。私40なんですけどお兄さんなんて言ってもらえて嬉しいなぁ」  月城は40には見えない。20代後半から30代前半の様な容姿をしている。  月城はにこやかに笑ってリルを見た。  クロエが口を挟む。 「リルは自力で魔界と人間界を渡れない。殺傷する能力もない。だから呪は要らない」 「その様ですね。リルさんには必要なさそうだ。…で、物件なんですけど、私この辺でマンション持ってるんですけど、そこをお貸ししましょう」 「見てみたい」 「なんでしたら今から行きます?歩いても近いですよ?ここより部屋数も多いですし」 「陽当たりが問題なんだ」 「陽当たりもバッチリですよ。南東向きですし」  クロエはリルの方を向いて笑いかける。 「リル?一緒に見に行く?」 「あたらしいおうち?」 「見に行ってみて気に入ったら、新しいおうちにしようか」  リルはクロエの言葉ににっこり笑って答える。 「うん、いく」  4人は自宅マンションを出て、月城の所有するマンションに向かう。  いつもの公園の前を通る。  リルはジッと公園を見つめてシュバルツに手を引かれている。 「家、見に行った後ちょっと寄ってやるから」  リルはシュバルツを見て喜色を浮かべる。 「ホント?」 「あのメスガキが来たら面倒だからすぐ帰るぞ?」 「うん!」  月城が振り返る。 「メスガキ?」  クロエが説明する。 「近所の子供に因縁ふっかけられてるんだよ。警察まで呼ばれてるから引っ越すんだ」 「何故子供にそんなに絡まれてるのですか?」  シュバルツはゆうちゃんと悠香との経緯のあらましを月城に述べた。 「ははは。幼い恋の嫉妬ですか。可愛いですね」 「そんなもんで警察呼ばれちゃ堪らん」 「確かに警察は面倒ですね。…その女の子の名は?」  シュバルツが答える。 「三杉悠香」 「歳の頃は?」 「…男のガキが『クラスメイト』『2年生』とか言ってたな」 「なるほど。この辺りに住んでるんですかね?」 「わからん」 「少なくともこの泊市には住んでるでしょうね」 「あ〜…『泊小学校』だとか言ってた」 「それだけわかれば充分です」 「何する気だよ?」 「接触して、記憶をすり替えます。出来る限り貴方方から遠ざけましょう」 「出来んのか?そんな事」 「技と術を使えば。子供ですからね、余計に素直に受け入れてくれます」  シュバルツは溜息を吐く。 「面倒なガキだから遠ざけてくれるなら助かる」 「お任せ下さい」  月城はにっこり笑ってシュバルツに返事をした。  話してる内に目的のマンションに辿り着いた様だ。  オートロックでエントランスホールがある。  ロックを解除してエレベーターで最上階まで上がる。  廊下を奥まで進み、角部屋に入る。  リルは部屋に入って一番にリビングに行く。 「ここ、おひさまあったかいね」  満面の笑みで3人に言った。  そして唄い始める。  リルの優しい唄声が部屋に響く。  月城は初めて聴くリルの唄声に感心する。 「美しい唄声ですね…」 「こんな風に唄を唄うから、防音かどうかも重要だ」  クロエが月城に訊ねる。 「問題ありませんよ。昔はここで私ギター弾いたりしてましたから」 「リルも気に入ったみたいだし、ここに決める。言い値でいい」 「お安くさせて貰いますよ。この唄声にはその価値がある」  月城は微笑み、しばらくリルの唄声を聴いていた。
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