15、騙してでも

1/1
前へ
/26ページ
次へ

15、騙してでも

 撮影は無事に終了して、人間界に戻っていつもの日常を取り戻す。  リルは今日もリビングの日当たりの良い場所で唄を唄っている。  その唄声をクロエはリビングのソファで、シュバルツはダイニングで座って聴いている。  その後は散歩に出かけ、公園に寄る。  時間が結構空いたのでそろそろほとぼりも冷めているだろう。  そして帰りには買い物をして帰る。  今日はリルは3人で行きたいと強請る。  断る理由もない。リルが喜ぶなら二人はその願いを叶える。  久しぶりに黒猫に会うと、子猫達は皆いなくなっていた。  リルによると、全てはぐれたり、人間の子供が連れて行ってしまったりしたらしい。  きっと元気に暮らしてるから気にしてないそうだ。  今まで産んだ子達も皆んなこんな風に別れたからと。  リルは黒猫に唄ってやる。  黒猫は別れを受け入れているのだろう。  静かにリルの唄を聞いていた。  険のある幼い声がぶつけられる様に響いた。 「やっと見つけた!あんた、大人の癖に何で祐太郎に告げ口するのよ!」  3人は声の方を見る。  声の主は悠香だった。悠香はやはり仁王立ちをして、リルを睨みつけてる。  黒猫はリルの隣に控える。 「あんたのせいで祐太郎と喧嘩しちゃったじゃないの!口も聞いてくれないんだから!絶対警察に言ってやるから!」  リルは激しい悪意をぶつけられて、戸惑う。 「…あの…ごめんね?」  リルはぽそりと謝る。 「ごめんで済んだら警察は要らないのよ!」  クロエがスッと悠香の前に立ち、その目線を合わせる様に屈んだ。  クロエはガラス玉の様な目で悠香を見つめた。 「…いいぞ、呼べ。何も遺さず消すだけだ」  クロエの瞳に一切の感情を感じられない。  人として対峙されず、物として見られているだけ…。そういう冷たささえ無い、人としての感情のこもらない瞳。  こんな瞳を向けられる事は初めてだった悠香は顔を引き攣らせる。  そしてそのまま後退りして、悠香は駆けて行ってしまった。 「お前なぁ。人間のガキ相手に何もそこまですんなよ」  シュバルツは呆れている。 「ガキだろうが関係ない。リルが傷つくのは赦さない」  クロエは真剣な表情でシュバルツに宣言した。  そこにゆうちゃんがやって来る。 「さっき三杉いただろ?おっさんが追い払ってくれたんだ」  ゆうちゃんはいつもの様に笑ってリルに話しかけようとした。  クロエはゆうちゃんに言い放つ。 「自分の女ぐらい自分でどうにかしろ」  ゆうちゃんは面食らう。 「あの女をどうにかするまでここに来るな」 「三杉はオンナなんかじゃないよ!ただのクラスの女子なのに勝手に彼女だとか言ってるんだよ!」  リルに会いたいゆうちゃんは、必死にクロエに申し開きをする。 「お前がどう思ってようが、女がその気になってんだよ。お前がベラベラリルの事をあの女に喋ったんだろうが」 「…っ!喋ったけど、ここまで来ると思わなかったんだ!」 「お前の見込みが甘い。あの女をここに怒鳴り込ませるな。それが出来ないならリルに会う資格はない。あの女を騙して、優しくして、受け入れてやるフリをしてでもどうにかしろ」 「なんで俺がそこまでしなきゃいけないんだよ!」  ゆうちゃんは涙を流す。 「ここでやると言わなきゃリルは絶対に連れて来ない」  クロエはキッパリと宣言する。  リルがフワリとゆうちゃんを抱きしめる。 「ゆうちゃん?イタイの?ないちゃダメだよ?」  にこりと微笑むリルを見て、余計にゆうちゃんは泣き出した。 「いいこだね。ないちゃダメだよ」  頭を撫でてやる。  クロエは更にゆうちゃんに突きつける。 「さぞ心地いいだろう?それがずっと欲しけりゃ、やれ」  ゆうちゃんは黙ってリルに抱かれている。  しばし、その状態は続き、ゆうちゃんは意を決した様に口を開いた。 「…やる」 「なら、猶予をやる。1ヶ月はここに来ない。その間にあの女どうにかしろ」 「…わかった…」  ゆうちゃんは、三杉悠香を騙す決意を固めた。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加