16、決定

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16、決定

「お前…ガキに何吹き込んでんだよ…」  シュバルツは本気で呆れている。  クロエは涼しい顔をして、スマホを弄っている。 「リルが泣いて、唄わなくて、笑わなくて泣きついてきたのはどこの誰だよ」  シュバルツは言葉に詰まる。 「実際、あの女は追い払わないと面倒起こしそうだ」 「…まぁな…。確かにあのメスガキはやりそうだ」  ピンポンと、呼び鈴が鳴る。  夕飯時という時間、こんな時間の訪問者は珍しい。  シュバルツが通話ボタンを押す。 「はい」  画面に映し出されたのは、若い男の警察官。 「夜分にすみませんね。通報があったもんでね」 「通報?」 「なんかね、このマンションの住人に誘拐されかかったとかなんとかってね。一応こうして訪問してるんですよ」 「はぁ…」 「ちょぉっと出てもらっていいですかね?」 「はぁ…」  シュバルツは玄関先に出る。  警察官は愛想よくシュバルツを迎えた。 「なんでもね、若い男女3人組に子供が攫われそうになったって言うんですよ。お宅、どういう家族構成?」  恐らく悠香だろう。後をつけていた様だ。 「…男女3人だよ…」 「しゅうちゃん?」  後ろからリルがひょっこりと現れた。 「…すみませんね、夜分に」  警察官はにこやかにリルに話しかける。  リルはすっとシュバルツの後ろに隠れた。 「すいませんけど、身分証見せてもらっていいですかね?」 「…身分証…?なんで?」 「一応ね、形式的なもんですよ」  後ろから軽やかなクロエの声がする。 「いいですよ?はい、3人分」  クロエは警察官に3人分の運転免許証を差し出した。 「皆んな苗字がバラバラだね」 「友人同士でルームシェアしてるんですよ」  クロエはにこやかに警察官と話をする。 「そう。今そういうの流行ってるよね。はいコレ」  身分証が返される。クロエはニコニコとそれを受け取る。 「どうも」 「若いお嬢さんもいるみたいだし、最近物騒な事多いから、気をつけてね」 「はい、気を付けます。ご苦労様です」  にこやかに玄関の扉を閉める。 「……俺、写真撮った覚えないんだが…?」  シュバルツがクロエを見る。 「人間界って、色々凄いよな」 「見せろよ、それ」  クロエが運転免許証3枚をシュバルツに渡す。  黒江翔太  笹山修斗  伊野瑠璃  しっかり顔写真も自分達のものが付いている。 「はぁ…撮った覚えのない写真があるって不気味だな…」 「ああ…面倒くせえなぁ…。引っ越したいな…でもなぁ…」  クロエは一人でブツブツと思索している様だ。 「しゅうちゃん…いまのひと、だぁれ?」 「あ〜…なんかその辺守ってる人だよ」 「えらいひと?」 「多分普通の人だよ」 「こわくない?」 「こわくないよ」 「よかったぁ〜」  クロエはシュバルツに声をかける。 「それ適当にどっか置いといてくれ」 「ああ」  シュバルツは運転免許証をいつもの引き出しにしまう。  ちょうど仕込んでいたグラタンが焼きあがった様だ。  オーブンの終了音が鳴る。  コレもリルの好物だが、グラタンは相当熱いので、リルが食べるのを見ているのは不安しかない。  こういう時は大体クロエがリルの食事を冷まして食べさせている。  ダイニングテーブルにグラタンとスープとサラダを用意して、カトラリーを並べる。  三人で座って食べ始める。 「いただきます」  リルが好物を前にご機嫌に挨拶をする。 「リル、はい、あーん」 「あーん」  クロエは冷ましたグラタンをリルの口に運ぶ。 「…んぐ…んぐ…おいしいね」 「うん、美味しいね」  クロエは笑顔でリルに答える。 「しゅうちゃん、おいしいグラタンつくってくれてありがとう」 「ああ」  シュバルツはサラダをフォークで刺しながら答える。 「よし、決めた。引っ越す」  クロエはリルにグラタンを食べさせながら突然言い放った。 「…んだよ?突然。金あんの?」 「金は問題じゃないんだよ。はい、リル、あーん」  リルは口を開けて、グラタンを待つ。 「じゃあなんだよ?」 「人間に借りてもらってんだ。…まぁ手綱掴まれてんだよ。監視してないと怖いんだろ?」  クロエはリルの口にグラタンを運ぶ。 「…その人間の許可を得る必要があるって事か?」 「そ。『契約』に組み込まれてるからな。逆らえない」  自分の分のグラタンを掬いながらクロエは答えた。 「…魔王様はその人間からお前の情報を得てるって事か」 「そういう事」 「一体どんな人間なんだ…」 「表の稼業は心理カウンセラー。裏の稼業は祓い屋だな」 「その人間と契約してんのか?」 「そいつともしてるし、そいつに紹介された人間とも契約してた」  クロエは自分とリルを食べさせながら答える。  シュバルツもグラタンを口に運ぶ。 「賭博場で『闘犬』してたのは?誰との契約だよ」 「そいつに紹介された人間と契約してたな」 「…人間界で生活すんのも色々面倒なんだな」 「魔界も同じだろ。秘境で暮らす分には何も要らんだろうが、他者の集まる所だと色々必要になる」 「…俺はそれが面倒でヴァルミカルドには行かなかった」 「俺も似た様なもんだが、リルと暮らすなら街じゃなきゃダメだからな」 「そりゃそうだな…」 「ま、そいつの許可を一々取らなきゃならん事が面倒なだけだ。引っ越しはする」 「わかった」 「おひっこし?おうちかわるの?」  リルがキョトンとした顔で二人の顔を見る。  クロエはグラタンを冷ましながら言った。 「うん、新しいおうちに引っ越そう」 「…オタマさんとゆうちゃん、もうあえないの?」 「会えるよ。大丈夫。はい、あーん」  クロエは笑顔でリルにグラタンを差し出す。 「あーん、…んぐ」 「あの公園中心で探すのか?」  シュバルツはクロエに訊ねる。 「ああ。リルが気に入ってるなら外せないだろ。今度からは帰り『隠蔽』かけろよ」 「おう」  引っ越しの計画を詰めながら、食事は進んだ。
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