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20、無自覚
ゼブはザッハトルテを全て平らげて、ポスターと写真の最終チェックを終えて帰って行った。
今から魔界へのお土産をしこたま買いに行くという。
魔界が飽食であるのは彼の功績が大きい。
なんせ人間界の人気料理店に魔界の料理人を潜入させたり、調理師専門学校などに通わせたり、並々ならぬ執着で魔界に天界や人間界の料理を誘致した。
因みに彼の好物は寿司だ。
魔界には寿司に適した魚が乏しい。そもそも海の水質は瘴気で良いとは言い難い。
そこで生き残る魚も独特な進化を遂げており、生のまま食べるには向かないものばかりだった。
故に寿司ばかりはどうしても人間界に来なければ食べられない。
ゼブはきっと今頃人間界の何処かで寿司を頬張っている事だろう。
ゼブが去った後、シュバルツはリルをクロエに任せて買い物がてら公園に行ってみた。
いつもリルが座る噴水の縁の辺りには普段は見ないようなスマホを持って撮影したりしている人間がチラホラといた。
「…こりゃしばらく無理だな…」
シュバルツは呟く。
「リルと一緒のおっさんだ!」
後ろからゆうちゃんが声をかける。
「…おっさんはやめろ、ガキ」
「ねぇ!今日リルは⁈」
シュバルツは溜息を吐く。
「しばらくは連れて来れない」
「なんで⁈せっかく三杉来ないって言ってるのに!」
「…ネットでリルの映像が回ってるんだ」
「リル有名人になったの⁈凄い!」
「俺達は目立ちたくないんだよ」
「え、リルもだけどおっさん達も充分目立ってるぞ?」
「はぁ?」
「だって、ウチの姉ちゃん知ってたぞ?最近この辺にイケメンが二人いるって。姉ちゃんの友達とおっさん達見たって言って騒いでたもん。そんな髪の毛の色してたら目立つよ、普通」
「…マジか」
「リルだってあんな緑に染めてるし、カラコン入れてるんだもん。目立つよ」
確かにこの界隈の人間はおおむね黒い髪色に黒い瞳だ。
でもたまにそうでない髪色をした人間がいるので問題ないと思っていたシュバルツは衝撃を受ける。
まさか、自分達の預かり知らぬ所で目立っていたとは思いもよらなかった。
しかしシュバルツは大きな誤解をしている。
髪色よりも、3人の端麗な容姿こそが目立っているのだ。
恐らくこれは何処に行っても同じ事だろう。
「…まぁ、しばらくここには来ない。…この公園の北側にあるベンチ。あそこなら人も少ないだろ。明日からそっち行く」
「わかった!明日はリル連れて来てよ!」
ゆうちゃんは元気にして走り去った。
シュバルツは腰に手を当てて溜息をつく。
よもやそんなに自分達が目立っているとは思わなかった。
「…あのぉ…」
声をかけられて振り返る。
女子高生と思しき二人組が立っていた。
「…何?」
二人は何やらコソコソ言い合っている。
一人が意を決してシュバルツに質問する。
「いつも一緒にいる女の人、彼女ですか?」
「…そんな様なもんだよ」
ここは恐らくこう答えた方が面倒が無いだろうと肯定しておく。
「じゃぁ、もう一人の男の人の彼女じゃないんですか?」
どうやらクロエ狙いの様だ。
「…あいつもいるよ」
「そうなんですか…」
二人はガッカリした様子でシュバルツに礼を言った。
「ありがとうございました…」
二人は去っていく。
一人がもう一人を慰めている様だ。
「…はぁ…こりゃ面倒臭えなぁ…」
こんな風に声が掛かる様になったのなら跡をつける者も現れるだろう。
とりあえず今夜の夕飯のカレーの材料を買い込み、スーパーからの帰り道は自分の存在を虚ろにする、“隠蔽”をかける。
これで人間達は自分を認知し辛いだろう。
家に帰るとリルがシュバルツを出迎える。
「しゅうちゃん!おかえりなさい!」
「おう」
リルはシュバルツに抱きつく。
「荷物持ってんだから抱きつくなよ」
リルはにこりと笑ってシュバルツを見た。
「だって、しゅうちゃんかえってきてうれしいの」
「わーったから!チョコ買って来てやったから、ちょっと離せ」
「チョコ?」
それでもリルは離れない。
仕方なく荷物を床に置いて、リルを抱き返す。
「わかったから」
ポンポンと背中を軽く叩いてやるとリルは更にギュッと抱きつき、満面の笑みでシュバルツを見た。
「しゅうちゃんだいすき」
シュバルツは溜息を吐いてリルに言う。
「…今日はカレーにしてやるから」
「うん。リル、カレーすき」
「…しょうがねぇな、お前は」
シュバルツはリルの頭を撫ぜて、
リルの気が済むまでそのままでいてやる。
その間にクロエが荷物を片付けてしまう。
「あ、お前牛乳忘れたな」
「あ~…済まん」
「今日は俺が作る」
「そうか。じゃあ任せた」
リルはシュバルツから離れようとしないので、仕方なく抱き上げてリビングに連れて行く。
「…しばらく公園は無理だな。いつもの場所になんかチョロチョロいたわ」
ソファにリルを下ろして、腰掛けながらシュバルツはクロエに報告する。
「だろうな」
「ガキと会った。別の場所で落ち合う様言っといた」
「あぁ、そう」
「…あと、お前に気がありそうな女二人が声かけて来たぞ」
「ふーん。で?」
「追い払っといた」
「あっそ。お前狙いのも何度かあったぞ」
「え?そうなのか?」
「俺達はどうやら目立つらしいからな」
「お前そういう事は言えよ。俺今日気づいたわ」
「教えたって目立つもんは目立つだろ。変えようがない」
クロエはそれだけ言うとさっさと夕飯の準備を始める。
シュバルツはソファに座りリルを脚の間に座らせ、後ろから抱きしめてリルが唄うのをのんびり聴いた。
バターの香りがした後、カレーの香りが漂って、リルが「おなかすいたね」と振り返るまで、その唄は続いた。
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