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「ええと……こちらのはずですが」
冰李さんはスマートフォンの画面を見ながら呟いた。スマートフォンにはメールの受信画面が映っている。
彼は一度見たらアプリを閉じ、もう一度確認したい時にまた開くというタイプだ。ずっと開いててもいいのに、『やりっぱなし』というのが彼にとって許せない行為なのだという。潔癖というか、完璧主義というか……。生き辛くないのだろうか。
「どれどれ?」
僕もメールを見ようとしたが、冰李さんは極めて自然な動きでスーツのポケットに片付けてしまった。
「ああっ!見せてくださいよー!」
「不要な動きはしない主義なので。行き先が決まりましたよ。あの建物の部屋の中です。おそらく廊下やエントランスなどで富山さんが待機しているかと」
冰李さんは目を伏せる。当たり前かのように話しているが………………。
「なーにが不要な動きはしない、ですか!あの時思いっきりクッションを抱き締めてたじゃないですかー!」
僕は覚えている!不服そうにした冰李さんがまるで子供のようにクッションに抱きついていたあの時を!!
「あれは不可抗力でした。一体誰が俺の予定を狂わせたのやら……」
「あれは僕じゃなくて山野くんですー!!」
「ふふ……。冗談ですよ。さぁ、行きましょう。犯人が怒り狂わないうちに…………」
冰李さんはまた僕を置いていく。ふわり、と漂ったタバコの香りに、僕はまたひとつため息をついた。
…………建物は、ビルのようだった。あの、いろんな店がひしめき合ってる、あのタイプ。狭くて、薄暗くて、怪しい人が潜伏するにはもってこいの場所だ。しかし店もあるので、一部屋一部屋が意外と広い。
「……結局、富山さんはいませんでしたね」
「逃げ道の封鎖に向かったのでしょう」
僕は冰李さんと二人で、指定された部屋の前でしゃがんでいた。
冰李さんも、『推攻課』である僕と同じくらいの戦闘能力を持つ。本来は冰李さんが推攻課に入るだろうと言われていたのだが、僕のような人間がいたため、彼は普通の課……と言っても捜査一課なのだが、そこに入ることになったのだ。つまり、エリート中のエリート。そんな彼に、僕は体術だけで勝つことになってしまった。
「…………何も聞こえませんね」
僕は扉に耳をつけて中の様子を調べようとしたが、うめき声も怒鳴り声も脅し文句も聞こえない。
誰もいないのではないか、富山さんたちの勘違いではないのか、はたまたもうすでに…………と嫌な想像が頭をよぎる。
「仕方ない、蹴破りますよ」
「えっ!?蹴破────」
聞き返す間もなく冰李さんは立ち上がる。そして足を後ろに回し、勢いをつけた!
「はあっ!!」
「うわわっ!」
──ベキッ!!!
鉄製の扉はへしゃげ、くの字になったまま部屋の中へ押し込まれた。
足が長いので蹴りが当たりそうになったが、僕は頭を下げて攻撃を避けた。前もこんな避け方だったと思う。……というか!!
「開きました」
「開きましたじゃないです!!当たるところだったじゃないですか!!」
「やはり当たりませんでしたか……」
「なんでそんな悲しそうな顔するんですか!?!?」
「リベンジ(不意打ち)のつもりだったのですが……」
「なんか妙なルビが見える気がします!!」
「いいから入りますよ」
「あっ!?待ってください!!」
ズカズカと入っていく冰李さんを追いかけて中に入ろうとした。
…………が。
「な…………なんてこと!?」
冰李さんの悲鳴が聞こえた!
「ど、どうしたんですか!?」
僕も慌てて中に入ると、そこは一言で言って『グチャグチャの部屋』だった。
何かのパーティを行おうとして折り紙で輪っかを作って繋げたりしたものは真ん中から引き裂かれ、飲み物や食べ物を用意していたようだが無残に床に散らばってしまっていた。
一体誰がこんなことを……。しかもなぜこんなところを選んだ?
「セイレーン!どこですか、セイレーン!!」
「えっ!?セイレーンがいるんですか?」
「あっ…………」
やってしまった、という顔をした。
「…………はぁ。仕方ありません。イチからお話ししましょう」
冰李さんは倒れていた椅子を立たせ、座った。
「黒池さん」
「は、はい」
僕も向かい合わせで置いた椅子に座る。
「今日の『失踪事件』は、ヤラセでした」
「はい。………………え?」
待って。待って待って待って。
ヤ……ヤラセ……。ヤラセ!?!?
「もう一度言った方がいいですか?」
「いやわかりました!わかったので、いいです!!」
「そうですか。それで、ここに到着して、扉を開けると、セイレーンが待っている……という流れの予定でした」
「はあ………………」
だからセイレーンの名前を……。
「ですが、セイレーンの姿は無く、さらにこんなことになってしまっていました」
「………………」
僕と冰李さんは辺りを見渡す。
何度見てもこの惨状に心が苦しくなる。
「お願いします。わた……いえ、俺と一緒に、セイレーンを捜し出してください」
冰李さんはとても苦しそうで泣きそうな声で縋る。
僕は………………。
「もちろんです。当たり前じゃないですか」
僕は無意識に震えている彼の手を握る。
「だから、そんなに自分を責めないでください。冰李さん」
「く……黒池、さん……」
不安で押し潰されそうになっていたのか、冰李さんは涙目になっていた。もしかして、これを考えたのって……。
「まずは調査をしましょう!富山さんもいらっしゃるんですよね?あの人にも協力していただきましょう!」
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