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46(レイティア視点)
次の日、また妾妃様のご乱心があった。
今回は衛兵達で止めたらしくて大事には至らなかったらしい。
私は湯浴みを終えて、濡れた髪を乾かそうとドレッサーの前に座っている。
今日はイーリスが私の髪を拭いてくれる。
「姫様のお髪は綺麗ですね」
そんな事言われた事ないから、少し戸惑って、
「そうですか?波打っていてあまり美しいとは思えないけど、でもありがとうございます。嬉しいです」
イーリスはにっこりと笑って言う。
「ウェーブがかかっているから纏まり難いのかもしれませんね。香油を塗られては如何ですか?艶が出ますし、よく纏まりますよ?」
「え、私そういうものはあまり好きではないから…」
「もう手に取ってしまいました」
イーリスが笑う。
「……そう。じゃあ、今日だけ」
「そこまでだ」
唐突に陛下の声がする。
振り返ると陛下がイーリスの手首を掴んでいる。
「お前がホンカサロの手の者なのは分かっている」
「……っ……! なんの事でしょう?」
陛下はイーリスを見据え、薄く笑った。
「とぼけるか。いいだろう。ならば長い話をしてやろう」
陛下はその手を離す事なく喋り続ける。
「まずお前自身のことだな。
今は母方のヴァイサン姓を名乗っているが元はホンカサロ家の子飼いの部下だったスオサロ家の次女だろう?
調べは付いている。
ホンカサロ家には逆らえないだろう。
そのお前がプストの初日に港にいた。
初日、ヒメユズリは港周辺の午後にしか配られていないからな。
抜け荷を預かる役目であったのだろう。
港で引き渡しをした男はもう押さえてある。
お前と引き合わせてみればわかる事だ。
定期船で運ばれたアガターシェの粉末をホンカサロ、つまりレニタ・ヴィルヘルミーナ・ホンカサロに渡したな」
陛下はイーリスの手首を掴んだまま離さない
「……なんの事だが分かりかねます……」
イーリスはチラリと自分の掌を見る。
「どうした? 掌が気になるか?
だが、この儂が直々に話をしてやっているのだ。
じっくり聞くがいい。
レニタ・ヴィルヘルミーナ・ホンカサロの母親はライタネン家の血縁だ。密貿易のコネを持っていても不思議はない。」
陛下の顔がいつも私にする意地悪な顔ではなく、加虐を愉しむ顔になっている。
「うぬらは事前に化粧品を交換し合う事を流行らせた。
流行り出したのは姫が儂の正妃にと決まった時期からだ。
口火を切ったのはレニタ・ヴィルヘルミーナ・ホンカサロだ。それは皆が証言している」
イーリスが明らかにソワソワし始めた。
「定期船が来て、アガターシェの粉末を手に入れるまでにこの流行を慣例化させておきたかったのだな。
化粧品にアガターシェの粉末を混ぜて後宮を混乱させ、それに乗じて姫を亡き者にしようとした。違うか?」
イーリスが陛下の手から逃れようともがく。
「……陛下!お許し下さい!」
陛下が更に冷酷に薄く笑う。
「証言するならば赦してやらん事もない」
「はい! 言います! ホンカサロ様がお命じになられてそれに従いました!」
イーリスは叫ぶ。
「まだ足らんな。お前は姫に何をしようとした?」
「こ、香油を髪に! アガターシェの入った香油を…!」
イーリスの様子が少しおかしい。
徐々に呂律が回らなくなっている様だった。
「誰の命だ?」
陛下は更に冷たく笑う。
「ホンカっ……ホンカサロ様です」
「陛下! ここまでです!
イーリス!浴槽まで歩けますか?」
私はフラフラするイーリスを浴槽まで連れて行く。
さっきまで私が湯浴みしていたお湯でイーリスの掌の香油を洗い流す。
陛下が浴室の扉の縁に凭れかかって腕組みをしている。
「この浴室はしばらく換気させろ。アガターシェが湯気に混ざってしまっただろうからな」
「……事の顛末はわかりました。どうか法に則り裁きをお与え下さい」
私は陛下に頭を下げた。
「姫が頭を下げる事ではないだろう」
陛下はその姿勢のまま私達を見下ろす。
私は溜息を吐く
「……私に仕えてくれている者の所業ですから。人選を任された私にも責任の一端はあります」
「……まぁよい。その者は捕らえる」
陛下のその言葉で衛兵が浴室へ入って来て、そしてイーリスを連れて行った。
私はそれを見送った。
「姫。寝巻きが濡れているぞ」
「あ、本当だ。濡れてしまった……」
さっきイーリスの手を洗った時に勢い余ってお湯がはねたんだろう。
「それでは風邪を引く。すぐに着替えろ」
陛下はそう言ってドローイングルームの長椅子に腰掛けた。
私は慌ててやってきたマリと共にドレッシングルームに入って行き、新しい寝巻きに着替えた。
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