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 楼主を連れて店の外に出ると、兵蔵は1人の女となにやら話し込んでいた。 「兵蔵。女は全員逃がしたんだろうな?」 「はい、もちろんです! 紀助さんからもらった眠り薬のおかげで、見張り役は今もすやすやと眠ってますよ」 「そうか、よくやった。で、この女は誰だ?」 「この子は、さっき話していた沙代ちゃんです。」 「あぁ。確か名簿には……鷹丸屋の娘とあるな。あんたが豪商の娘だったのか」 「えぇっ!? さ、沙代ちゃんが豪商の……」 「はい、おっしゃる通りです。この度はお助けいただいて、本当にありがとうございました。兵蔵さんにはいつもお世話になっていて、まさかここまでしてくださるなんて……命の恩人です」 「い、いや、俺はそんな……」  兵蔵が入れ込んでいる沙代という女は、遊女とは程遠い地味な風貌だ。置屋にいたということは、客がつかなかったのだろう。 「私はこの通り、美人でもない地味な容姿なんです。ここに連れ去れて最初は怖くてたまらなかったのですが、幸い、容姿のおかげでお客がつくことはありませんでした。でもある日から、こんな私目当てに兵蔵さんは頻繁に通ってくれるようになったんです。一晩中お話をするだけでしたが、とても楽しくて。私の心の救いでした」 「……まさか、一度も床入りしなかったのかよ」 「き、紀助さん! そんな野暮な話はやめてくださいよ。俺は沙代ちゃんと話せるだけで楽しかったんですから。今、こうやって外で話せるのが、なんだか夢のようで……」 「……はぁ。情けねぇ野郎だ」  兵蔵と沙代は互いに頬を赤らめ、ひと時の逢瀬を楽しんでいるようだが、見ているこっちの気にもなって欲しいもんだ。  純情すぎるのもなんとやら。 「とりあえず、乳繰り合うのはまた今度にしてくれ」 「ち、乳繰り合うだんて……! 破廉恥ですよ、紀助さん。まさか、年がら年中そんなこと考えてるんです? 発情期の猿みたいじゃないですか」 「てめぇ……俺を猿呼ばわりするとはいい度胸だな。とにかく、この楼主を奉行所に連行するから、お前もついてこい」 「……まさか、そのまま俺も奉行所に……?」 「違う。お前のカスみてぇな罪に対して、裁きをしてる程あっちも暇じゃねぇからな。この金庫と帳簿を持ってついてこい」 「う、うっす」  俺の後ろを歩き出した兵蔵だが、どうしても沙代が気になるらしく、しきりに背後を気にしている。 「ったくよ、男らしくねぇな。言いたいことがあるなら言って来い」  兵蔵は沙代の元へと引き返し、なんともまどろっこしい言葉をかける。 「なあ、沙代ちゃん。俺とまた会ってくれるかい? 客としてじゃなく、その、あの……」 「もちろんですよ、兵蔵さん。私もまだお話したいことがたくさんあるんです。それに私、兵蔵さんのことが……」 「あ、そ、それ以上は言わないでくれ! 俺からちゃんと伝えたいから」 「兵蔵さん……」  苛立たしい。  はっきりと好意を伝えればいいものを、なぜ先延ばしにする。純情すぎるヤツってのは、見ていて胸やけがする。 「用は済んだか? 行くぞ」 「うっす!」
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