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 奉行所に到着すると、顔見知りの門番が親しげに声をかけくる。 「おぉ、紀助じゃないか。またひと仕事やってくれたのか?」 「まぁな。コイツは岡場所で揚屋をやってたヤクザもんだ。女を攫って客を取らせていたが、全員逃がして無事だ。ついでに金庫と帳簿もかっぱらってきた」 「それはご苦労なこった。あとはこっちに任せな。ところで、伊左衛門様に会って行かなくていいのかい? 相変わらず、昼夜問わず働いてるよ」 「いいよ、んなもん。もう親子の縁はねぇから。じゃ、あとは頼んだぞ」 「ははっ。お前も相変わらずだな」  門番は苦笑いを浮かべると、楼主と証拠品を引き取り、門の中へと消えて行った。その様子を見ていた兵蔵は、焦った様子で俺の袂を引っ張る。 「おい、引っ張るな」 「ちょ、紀助さん。親子ってどういうことですか? なんで奉行所の門番と知り合いなんです? もしかして、紀助さんはお役人……?」 「違う。俺は役人なんかじゃねぇよ。役人やってんのは俺の親父だ。与力なんていう役職に就いてるからって偉そうにしやがって。あいつは家族を捨てた、ただのクズ野郎だ」 「え、お偉いさんじゃないですかぁ……。ってことは、紀助さんはいいとこの坊ちゃんですよね? なんで金貸しなんていう悪徳商法を……」 「あぁ? 悪徳商法だぁ?」 「すいません」  兵蔵には大仕事を手伝ってもらった恩がある。純情馬鹿のコイツにだけは、本当のことを言っても差し支えないだろう。もし他言するようなことがあれば、過去の罪を暴露して奉行所に差し出すのみ。  向かいにある茶屋の長椅子に腰を下ろし、煙管を取り出して消し炭に火をつける。煙をひと吸いして、兵蔵の顔に吹きかけた。 「ゴホッ、もう何なんですかぁ」 「俺の本職は岡っ引きだ。同心のとあるお方に仕えながら、極秘に依頼を受けて任務を遂行している。金貸しをやってるのは、いわば人員確保のためだ。高利子で金を貸し付け、返済出来ないヤツには俺の仕事を手伝わせてる。クズはクズなりに世の中に奉公しねぇとな。ほれ、報酬の15両だ」 「あ、ありがとうございます……。なんだぁ、紀助さん善人じゃないですか。見直しましたよ」 「その上から目線をやめろ」  俺が岡っ引きになったのは少なからず親父の影響もある。幼い頃に見た親父の姿は、俺の憧れだった。まぁ、それもずいぶん昔の話だが。 「……なあ、紀助さん。俺もあんたみたいな男になりたい。俺を舎弟にしてくれ!」 「は?」 「今日みたいに人助けをするなら、なんだってやる。もちろん、金貸しの仕事だって手伝う。紀助さんのような、粋な男になりたんだ!」  真っ直ぐな眼差しは一切の淀みがない。クズだと思っていた兵蔵はただの純情馬鹿で、意外にも仕事を真面目を成し遂げてくれた。  俺を善人なんて言うヤツがこの世にいるならば、それは多分コイツだけだ。 「好きにしな。ただし、仕事は成功報酬だから一定の給金は出ねぇぞ」 「うっす! ありがとうございます、兄貴! ところで、300両も手に入ったんですから、もう少し分け前をもらえませんかね? 1両でも2両でも10両でもいいんです」 「よし、分かった。まずはてめえの性根から叩き直してやるよ」  世の中には物好きな野郎もいるもんだ。
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