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平積みお願いします!
駅前書店のカウンター。女性店長は何事かと首をかしげ、健のことを見つめている。セミロングの髪をブラウンに染め、赤いエブロンをかけ、年齢は三十代後半くらいだろうか? 怖いとまでは言えないけれど、目や口元には厳しさを漂わせてている。
高校生にしては幼い表情の健だけど、今日はボタンダウンのホワイトシャツを着て、真剣な表情で店長と向かいあっている。冷や汗タラタラ、頬は真っ赤。大きく深呼吸すると、真剣な口調で話し始める。
「すみません」
一枚のチラシを手渡す。
『新刊 私を学園祭に連れてって 高木彩香』
ブレザーの制服を着た女子高校生が、スカートをひるがえしてほほえむイラスト。
チラシを見れば、だれでも一目で分かる。アニメチックな表紙とさし絵、ステキなヒロインやヒーローが活躍する「ライトノベル」のジャンル。ミニスカヒロインの表紙を見れば、間違いなく男子向け。小中高生ばかりか大学生、会社員にまで読者は多い。
だがこのジャンルが、読書感想文のコンテストで課題図書になることはまずないのだ。
チラシに書かれた紹介文を読んでみよう。
<朝井悠馬高校一年。クラスカースト最下位の陰キャラ。使い走りなど都合よくクラスメイトに使われている。
そんなとき、三歳年上の幼馴染、大学一年の遠山飛鳥から連絡が来た。引っ越し先の北海道からわざわざ悠馬に会いに来るというのだ。しかも悠馬の学校の学園祭に一緒に参加すると言ってきた。ちょっと待って! 学校に行ったら、クラスカースト最下位の悲惨な姿を飛鳥に見られることになる。どうする悠馬? スポーツ万能、年上の幼馴染の前でカッコいいところ見せられるだろうか?
悠馬と飛鳥。長くて短い学園祭の一日を描いたラブコメ!>
女性店長は苦笑しながら紹介文を読んでいる。
ちょっと待って。この本って、そんなに大人に苦笑される内容なのだろうか?
「この本を新刊コーナーで、平積みにしていただきたいのです」
みんな知ってるだろうか? 書店の本の並べ方は二種類あるんだぜ。一冊だけ本棚に入れ、背表紙だけが見える「棚差し」。普通は、この並べ方なんだ。
それに対して、書店の目立つ場所に台を置き、表紙を上にして、本をたくさん並べる方法。これが「平積み」という並べ方だ。話題作や人気作品なら平積みで決定。決してエブリスタの「倉」の本が平積みになることは永遠にない。ってか、そもそも本なんて出してないじゃないか!
今、駅前書店のカウンター近くの台には、超アイドルグループ「スター・ライト・キッス」の『エッセー&ポエム&写真集』が平積みで並べられている。小学生から中学、高校、大学生、会社員、父と息子の親子連れが手に取って、次々とカウンターへ持ってくる。
と、いうことはだ。『私を学園祭に連れてって』を平積みで並べれば、店に来る人たちが次々、レジに持ってくるかもしれない。
健は緊張した表情で名刺を差し出す。
「高木彩香公認ファンクラブ会長
桜花)高校一年 日下部健」
店長は名刺を受け取ってはくれたものの、ひどく迷惑そうな表情だった。
「これって、ラノベでしょ。ミニスカートの女の子が男にショーツ見せたりする……」
ちょっと待って。それって完全に大人たちの誤解だ。そんなラノベなんてどこにも……いや、もしかしたらあるのかも!
女性店員が近づいてきて、チラシに目を落とす。
「イヤだ、これ? セクハラじゃない。君、子どものくせにこんなチラシ持ってたら警察に連れていかれるよ」
ちょっと待って。ミニスカひるがえしたら、どうしてセクハラになるの? それに高校一年生がラノベのチラシ持ってちゃいけないの? そんなこと絶対に……でももしかしたらそうなのかも!
「あんまりこんな本を平積みにはね。それに悪いけどこんな作家知らないしねえ」
顔をしかめる女性店長に、健はチラシの裏を見せる。健の読書感想文受賞歴が、ズラリと紹介してある。「ぼっち」の健のたったひとつのアピールポイント。中学三年生のときは、文部科学省最優秀賞を受賞している。
最後に健の推薦文。
<高木先生のラノベは楽しく明るく読めるライトな文学作品です。僕だけではありません。きっと読んだ人の誰もが、明日からがんばろうって気持ちが湧いてきます。この本を読んで明日への第一歩を踏み出しましょう>
女性店長は、チラシを読みながら健の顔をまっすぐ見つめてきた。読み終わると苦笑いを浮かべながら、二十冊入荷して平積みすると約束してくれた。チラシも受け取ってくれた。
ホッとしたとたん、健の体が大きくふらついた。何日かかけて、自分が住む桜花市で、回った書店は四十店以上。平積みを約束してくれた書店は果たして……。
まだ一店舗だけ。道はあまりにもけわしい。
丁寧にお礼を言って店を出ようとする健に、背中から声が聞こえた。
「日下部くん」
健は思わず声の方向を振り返る。女性店長が、さっきとは打って変わって、優しそうな表情を向けてきた。
「覚えておいて。青春はあきらめないことよ」
健はもう一度、深々と頭を下げた。
「頑張って、日下部くん! 応援してるから」
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