このままでは高木彩香の新作が読めなくなる

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このままでは高木彩香の新作が読めなくなる

『日下部君。デビューから三年間、ずっと私のラノベを応援してくれてありがとうございます。あなたのようなファンの存在が嬉しくて、色々とお話してきましたが、今日はショッキングなニュースがあります。直近(ちょっきん)二冊の売り上げが悪かったので、今度の作品が売れなければ、もう私の本は出版しないとマリリン社から通告がありました。これが現実なんです』  二週間前、ラノベ作家の高木彩香からショッキングなDMが来た。  初めて高木彩香の作品を読んだのは中学二年のとき。一番最初に読んだ作品は『お姉ちゃんのフィアンセは僕なんだってば』 <主人公は合川楓太(あいかわひょうた)。高校一年。  アメリカ在住。一年に一回、夏休みのときに三日しか会えない八歳年上の親戚、白草風花(しらくさふうか)のことを ずっと心に想っていた。ところが夏休みに再会した風花は、楓太の両親に婚約を決めたと報告。どうする楓太。三日のうちに風花の視線をこちらに向けることが出来るだろうか>  健は年上女性との恋愛に憧れていた。母は幼い頃に亡くなり、父は再婚で家を出て祖母とのふたり暮らし。年上女性に、写真でしか知らない亡き母の面影を重ねていた。  ただしだ。憧れというのは現実とは違う。陰キャラの健には年上の恋人どころか、話をしてくれる女子のクラスメイトもいなかった。  健は出版社付で高木彩香に手紙を書いた。作品の感想を詳しく書き、年上女性との恋愛に憧れているので、また同じジャンルの作品を読んでみたいと伝えた。  高木彩香からは長文の返事が来た。健の感想が大変役に立ったこと、これから書く作品はどれも少年と年上女性の恋愛を描いたラノベだと書いていた。  そのとき初めて分かったのだが、高木彩香のラノベは、いつも少年と年上女性が結ばれるまでをテーマにしていた。  そのうえ、TWのアカウントを教えてくれ、これからはDMで色々と交流しようと提案してくれた。lineの登録もした。  それから三年。健は作家と読者の関係でDMとlineのやりとりを続けてきた。  けれども健はラノベ作家・高木彩香の顏も本名も知らない。手紙はマリリン社の封筒で来たので、どこに住んでいるかも知らない。  年齢は四十歳で二十ニ歳の娘がいると自分で書いていた。  それから……クリスチャンだったのに、 「罪を犯したので資格がありません。今はキリスト教から離れました」 とまで告白してきた。ええーっ、「罪」とは何だろうか? まさか、ラノベを書いてることかしら?  でも高木彩香のラノベとは、クラスの「ぼっち」、スポーツがぜんぜんダメな子、彼女いない歴十三年の子だとか、完全にクラスカーストの最底辺の男子が、突然目の前に現れた年上の女性と知り合い、一歩一歩前向きに変わっていくサクセスストーリーだ。   小学中学高校とクラスの「ぼっち」だった健は、高木彩香のラノベの大ファンになった。彩香の作品を読むときだけ、何かを頑張れば、いつかきっとステキな明日が来ると信じることができた。  健が頑張っていること。  ひとつは読書と読書感想文。けれども読書感想文で入賞したって、朝礼かホームルームで賞状を受け取った後は、すぐ忘れられてしまい、またカースト最底辺の陰キャラの生活に戻る。これが現実なのだ。  そしてもうひとつ。小学時代からフルートを習っている。健は毎回、彩香の新作の主題歌を作曲して、マリリン社に送っていた。  いつまでも彩香にラノベを書いて貰いたい。この主題歌を使って、作品の売り上げを伸ばすことが出来れば。健は祈るような気持だった。  さて結果は? 彩香はとっても喜んでくれたが、マリリン社は全然喜んではくれなかったのだ。 <せっかくですが、高木先生の作品の主題歌は特に必要ありません。あなたがファンとして送るのを止めはしませんが、それを使うことは今までも、これからもないでしょう。あなたは学生だから、ほかのことをしたらどうですか。英語とか算数とか……>  何て完全に希望を打ち砕くハッキリした返事でしょうか。それに中学高校では、「算数」ではなく「数学」なんですが……。  高木彩香の作品と知り合って三年。もう健には、前向きになれる楽しい時間は来ないのだろうか?   そんなのぜったいにイヤだ。  健は彩香に申し出て、自分の住む東京都桜花市と周辺の書店を回り、彩香の新作を平積みにしてくれるよう頼むことにした。彩香にメールを送ったら、すぐに返事が返ってきた。 『そんなの申し訳ない。気持ちだけでいいから』 『お願いです。やらせてください。高木先生の本をこれからも読みたいんです』 『ごめんなさい。私の子どもぐらいの年の子に、そんなにしてもらって……』  だが熱烈なファンとしての決意も空しく、高木彩香の新作の平積みをOKしてくれた書店は、十日間でたった一店舗だけ。  ベストセラーへの道は、あまりにも遠い。 <日下部くん、もういいのよ。今、契約解除の手続きに入っています。もう頑張らなくていいの。だけどね。日下部くんは陰キャラでもクラスカーストの最底辺でもない。そんなことを言うクラスメイトは、鏡に映った自分の姿を見たらいいのよ。私はそう思っている。だから胸を張って>
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