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祈りはひとつの小さな点であり、祈りは全てである。
パンの飢えがあるように、豊かな国にも思いやりや愛を求める激しい飢えがあります。与えてください。あなたの心が痛むほどに。
かつて、マザー・テレサがそう言いました。
私、少し前に…
↓
本当に大変だったのです。
守秘義務厳守した上で、ですが。
お願いやし、命を大切にしてほしい。
お願いやし、周囲の祈りに気付いてほしい。
自分の命は自分のものですし、そこは尊厳も含めて全力で守ります。
医師に散々な暴言を吐いて、見放されそうになっても、それでも支えている隣人がいて、看護師がいて、介護スタッフがいるんです。
どんなことがあっても、大切な命なんです。
全力で守ります。
コロナに罹患されても、元々の疾患の辛さが悪化しても、果敢にケアしている人がいるんです。
どうか、命を大切にしてください。
ご自身にも命があるように、周囲の人にも命があるのです。
どうかその事に気付いてください。
そう願わずにはいられない日々でした。
…と、書かせていただきました。
その後の事です。
その方は、コロナ罹患時にもタバコも吸うし強い酒も飲むしで、さらに状態を悪化させ、肺に重篤なダメージを自ら与えて、命の淵をさまよっておられました。
自業自得でしょうし、どうしようもないことでしょう。
確かにそうなんです。
確かにそうなんですが、暴言と罵声と、医療拒否があったにせよ、その人をみていた医師がいて、介護スタッフがいてケアマネがいるのです。もちろん看護師もです。
かなり重篤な状態になった際に、主治医はそれでも気にかけていましたし、かなりネガティブな感情を抱いていた他スタッフもそうだったと思っています。
だから、私は、必死に看護対応をしました。
私はずるいのでしょう。
狡猾と言ったほうが適切なのもしれません。
正直に暴露します。私には、その人ももちろん大切です。ですが、それよりも、その人に接した人たちのために、それぞれの心に大きなしこりを残さないために、その人の命をここで落とさせはしない。決してそうはさせない。医療従事者としての使命だけではなく、そう強く思い、回復することを祈り、さらに祈って願いました。
そして、誠実に確実に日々のケアをしました。
結果…
もちろん一看護師だけの力ではありません。みんなの力が合わさったからこそです。
その人は奇跡的に回復しました。
本当に、その事に感謝しました。
感謝してまた祈りました。
それだけではなく、その人は、少し笑うようになりました。そして、ありがとうと自ら言われるようになりました。
今になって思います。
きっとその人も、心に激しい飢えを抱いていて、ままならない現実の日々に、攻撃的になっていたのかもしれないって。
こんな狡猾な私にも、出来ることはあるものですね。
祈りはひとつの小さな点であり、
祈りは全てである。
祈ることほど謙虚なことはなく、
祈ることほど偉大なことはない。
祈りのひとつひとつは、取るに足りない小さなものなのかもしれません。ですが、そのひとつひとつが集まれば、優しさの大きな波が生じると私は信じています。
どうか、これから先は、その人と、その人に関わるすべての人に、幸せが訪れますように。
そして、これから私が触れることが出来る、すべての人に幸せが訪れますように。
これからも祈ります。
狡猾だろうとも、それでも、これからも祈り続けます。
って、重い話ですみませんm(_ _)m
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