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「兄ちゃん、まだ準備してないの?」  鳴美の尖った声に、安中忠義はふり向いた。 「準備って何?」 「今日、秋のお彼岸で墓参りに行く、って母さん言ったじゃない。花も買ってこなくちゃいけないし、ぐずぐずしている暇はないよ」  そうだったっけ? 安中は思い出せないまま、機嫌を損ねないよう調子を合わせた。 「わかった。じゃあ早く着替えるよ」 「莫迦、なに言ってんの」  朝の白々とした光がダイニングテーブルを照らす。 「今朝は草むしりをするんでしょ。それから家の掃除もしなくちゃいけないし、やること山積みだよ。物置のペンキ塗りも、いつになったらやってくれるの」  すみません。仕事が忙しくて、休日出勤もあったし、早起きしようと思っても寝坊しちゃうし……  安中は目覚めた。まだ寝ていた。光がカーテン越しにさしている。また寝坊したな。鳴美に怒られる。母さんと鳴美は階下か、きっともう家事をしているんだろうな。今何時だ? 枕元のスマホを見ると5時37分。ここで、やっと気づいた。  母も妹もいない。夢だ。二人がまだ生きていた頃の夢を見ていたんだ、また。  一昨年に母を、昨年に妹・鳴美を亡くした安中は、二人が生きていた時の夢を頻繁に見るようになっていた。夢の中では、二人が生きていた時の日常生活が続いていて、もう死んだことを全く忘れている。  今でも鳴美が呼ぶ声が聞こえそうだ。本当に二人はいないんだろうか? 家のことで言われるのが嫌で、都合のいい夢を見ているだけじゃないのか。母と妹がいない生活が現実? それとも夢?
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