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三階より上は美術館だった。階段をただ上っていく。黒を基調としたガラスとコンクリートのエリアだ。抽象的で、何が表現されているのか、よくわからない。階段を上り続けて、すこし息が上がった。これが肉体だ。
肉体は、細胞の一つ一つは生きることに一生懸命だ。その肉体のシステムのまま、俺は生きていく。生き続けてしまう。妹・鳴美は生きられずに死んだ。妹の命を犠牲にして、俺の生が存在しているのに、その罪をいつか忘れるのだろうか。笑えるようになるのだろうか。そうやって、何もなかったかのように生きていくことが、つらい。こんなに冷たく、自分勝手な自分は死んだ方がいい。こんな罪悪感を抱え続けていくことも、鳴美が俺を恨んでいただろうと悩むことも、きっと一生終わらないんだ。
安中が持っているカバンの中には、今もガラスの小瓶がある。片時も忘れたことはない。所長にもらった幸運薬、最高の抗うつ薬、これを服用すれば、全ての悩みは消え、幸せになれる筈。どう使おうと俺の自由だ。
しかし、今の自分に幸せになる資格なんてない。世界中の不幸が押し寄せてくればいい。でも現実は、不幸一つにも耐えられず、無意識のうちに幸せを求めて生きてしまう。同じように幸せを求める命であった妹を犠牲にして、それでも幸せを求める自分が許せない。
階段を上り切った最上階に、前橋いつきが待っていた。すっかり日は暮れて、ロビーのガラス窓から夜景が見える。星空のように瞬く街の光をバックにして、いつきは小さく見えた。
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