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16
「安中さん、仕事の後にこんなところに呼び出して、すみません」
黒のパンツにベージュのカーディガン姿のいつきが、頭を下げる。安中は微笑んだ。
「いいよ。今日は中央病院に行って、その後直帰にしたから」
「どうしてここで? と思いませんでした?」
「正直思ったけど、会社じゃ話しづらいことなんだろう?」
「はい。会社で話すのがイヤで」
ああ、やっぱり再生計画のことだな。
「安中さんにお伝えしなくてはなりません」
いつきは安中を真剣に見つめていた。その顔は少女のようだ。
「再生のため、創薬研究所を廃止します」
いつきの声は低く小さかった。安中の胸に波紋のようなものが広がった。
「そうか……」
アカツキ製薬の社是「薬で人を幸せにする」に共感したから、自分がやりたかったから、そして生活のため、そんな諸々の全てのために、人生を新薬開発に捧げてきた。妹を犠牲にしてまで働いてきた職場がなくなる。俺は用済みか?
「そうか、って、どうして、そんなに冷静なんですか! 怒ってください。怒っていいんです。会社は、いいえ、ボクは安中さんの大事なものを取り上げようとしているんだから! 安中さんはボクを助けてくれたのに!」
いつきの叩きつけるような叫びに、安中は余計に冷静になった。俺の大事なものがなくなる。その通りだ。だが、それが当然という気がする。安中が犠牲にしてきた物の大きさと、ちょうどいいバランスだろう。
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