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「はぁ、助かったよ。さっぱりした」  髪からポタポタと雫を垂らした北海道さんが、出来立ての焼きそばが置かれたダイニングテーブルの椅子に座った。  あれから熊本さんを新聞社の前で降ろし、北海道さんと警察署に向かった。  北海道さんは一生懸命自分が見てきたことを説明したが、警察の人間はいまいち信用していないようだった。 「どうして熊本さんのこと話さなかったんですか?」  カメラや盗聴器は熊本さんが持っていってしまった。あれがあれば信憑性があったのに。  蓋を開けた缶ビールを北海道さんに渡すと、北海道さんが一口飲んだ。 「だって熊本さんはあれを記事にして日本中に広めるのが役目だから。信用されなくても僕は全部やり終えて大満足だよ」  そう言って笑った北海道さんは焼きそばを食べ出した。妹が結婚を機に引っ越して寂しくなっていた家の中が、北海道さんのお陰で温もりが戻った気がした。 「俺が来なかったらどうしたんですか?」  向かいに座った俺に、北海道さんがリスみたいに頬を膨らませて、咀嚼しながら言った。 「策はいろいろ練っていたんだよ。ただことごとく失敗しただけで」 「その策に俺も入ってたんですか?」 「うん。もちろん」 「捕まって、スマホを奪われ、しかし脱出し、公衆電話を見つけたときにのみ発動する保険を俺にかけてたんですか?」 「うん」 「俺が来ないとは思わなかったんですか?」 「うん」 「…………」  北海道さんは機嫌が良さそうに笑っているが、忘れていた怒りがまたふつふつと湧いてきた。そこまで思っているのに俺はまだ仲間じゃないのか。 「島根くんなんか顔色が良くなったよね。昔の島根くんみたい」  俺の怒りが見えないのか、リスみたいな北海道さんに顔をマジマジと見られていた。 「だいぶ痩せましたから」  四国では疲労でよく眠れた。こっちに戻ってからは北海道さんの妄想をしている間に寝落ちしていた。北海道さんがいない方がよく眠れるんだ。俺の中の北海道さんは従順だから。心配させられることもないし、危険なこともしない。安心できるんだ。  本物の北海道さんは、想像できないことばかりする危険人物だから。 「北海道さん。忘れてませんよね?」  大きな口で焼きそばをほおばる北海道さんに聞いた。 「何を?」 「キスしてくれるって言いましたよね?」 「…………」  北海道さんが箸を止め、咀嚼しながら言いにくそうに顔をしかめた。 「……でもさ、言いたくないけど、君、勝手に、したんだよね?」 「目が覚めていたんですね」 「うん。でも体も頭も重くて、まるで夢を見ているみたいだったし、すぐに眠ってしまったよ」 「…………」  とんだ失態だ。北海道さんの体調を気遣って薬の量を減らしたのが原因だ。まさか途中で目が覚めていたとは。 「嫌じゃなかったんですか? 毎日よく俺と会えましたね」  痴漢をあんなに嫌悪していたのに。  北海道さんが顎に手をやった。 「なるほどと思ったね」 「なるほど?」 「君がなんでいつも僕に良くしてくれるのかよく分からなかったんだ。でもようやく分かったよ」  北海道さんは俺を指差し、納得したというように頷いた。 「つまり君は僕のことが好きなんだ」 「…………」  ずっと好きだった。鈍感で無鉄砲な北海道さんが好きだった。でもずっと押し込めてた気持ちを軽々と言われるのは悔しかった。  立ち上がってテーブル越しに北海道さんの両肩を掴んだ。 「……ずっと好きでした。だからキスします」 「は? ちょ、ちょっと待って」  顔を近づけると、北海道さんの顔が後ろへ引いた。 「で、でも君、僕が寝てる間に、勝手にしたんだろ?」 「それとこれとは話が別じゃないですか。約束しましたよね?」  北海道さんの肩を揺らすと、北海道の頭もガクガクと揺れた。 「ちょ、ちょっと、ほんとにまって」  揺れる北海道さんの顔に顔を近づけると、北海道さんの顔が引き攣った。 「北海道さん、俺のこと嫌じゃないんですよね?」 「え?」  北海道さんの顔を両手で掴み、驚く北海道さんの唇に遠慮なく唇を重ねた。 「……んっ……」  北海道さんに知られたらてっきり嫌われると思っていた。でもまさかすでにバレていて知らないフリまでしてくれているとは思わなかった。  北海道さんは俺がしたことを知っても嫌っていない。それならもう北海道さんが寝ているうちに欲望を満たさなくていいんだ。罪悪感を抱く必要もない。正々堂々と北海道さんを俺のものにしてもいいんだ。  唇を離すと、北海道さんは相変わらず子供みたいな目をして俺を見つめた。 「北海道さん。好きです」 「…………」 「俺と付き合ってください」
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