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「俺と付き合ってください」 「…………」  北海道さんが衝撃を受けたというように、目を見開いたままフリーズしている。  ……まさかこの人、俺が自分を好きだと分かっているのに、付き合ってくれと言われるとは思わなかったんだろうか?  北海道さんは今まで誰も好きになったことがない、人生に恋愛がなくても生けていける珍しい人だ。 「……分かりました、北海道さん」  大丈夫だ。北海道さんは既に俺がした卑劣な行為を知っている。それなのに許してくれた。だからもう我慢する必要はないんだ。 「北海道さんのためなら何でもします。これからも必ず北海道さんを助けます。だから」  ……付き合ってくれなくても、せめて。  いつの間にか食べかけの焼きそばの上に右膝が乗っていた。俺のTシャツを着た北海道さんが、俺に両肩を掴まれながら俺を見上げている。 「…………」 「体だけでも」 「…………」  北海道さんの拳が顎に突き刺さった。 『埼玉県にある廃校で違法薬物が製造されていたことが分かりました』  店の厨房に置かれたテレビが映すニュースで、北海道さんが撮った違法薬物製造現場の写真を見ていた。 「ねぇお兄ちゃん、本当に北海道さんにお弁当持って行かなくていいの?」 「…………」 「あの人、餓死しちゃうんじゃない?」 「…………」  北海道さんから事務所の出禁をくらってから一週間が経っていた。  テレビでは朝からずっと北海道さんが関わったニュースをやっている。  ……北海道さんは俺を受け入れて許してくれたわけじゃなかった。本当はやっぱり怒っていたんだ。勘違いした俺は北海道さんにとんでもない要求をしてしまった。だから殴られて、出禁と接近禁止令をくらってしまったんだ。 「お兄ちゃん、大丈夫?」  いつの間にか妹がテレビの前に立っていて、視界を塞いでいた。 「振られちゃったの?」 「…………」  ……振られたんだ。俺がバカだから。調子に乗ったから。気持ち悪いと思われたのかもしれない。  北海道さんが俺とそんな関係になるわけがないじゃないか。だからあんなことしたんだろ。なんで夢見たんだ。ちゃんと分かっていたはずなのに。 「…………」 「私帰るからちゃんと戸締まりしてね」 「お義兄さん。また明日」  妹たちが帰ると、俺だけになった店の中は静まり返り、また北海道さんが撮った廃校で違法薬物を製造している写真がテレビに映った。  ……北海道さんに嫌われてしまった。  覚悟していたのに、本当に嫌われるとショックは大きかった。  あんなことして許されるわけがないじゃないか。薬を盛って眠らせたんだぞ? その上北海道さんを汚したんだぞ。  テーブルに置いていたスマホが突然鳴った。無意識に手に取り、耳に当てていた。 『島根くん?』 「北海道さん」 『実はまた助けて欲しいんだ』 「…………」  スマホの画面を確認すると、本当に北海道さんの番号からだった。  久しぶりの北海道さんの声に感動したが、それどころじゃなかった。北海道さんがまた危険な目に遭っている。 「今どこにいるんですか?」 『芸能事務所』 「は?」 『また熊本さんからの依頼なんだ。今やこの国は芸能界まで薬物汚染が進んでいるらしいよ』 「…………」 『芸能界の闇を暴くのが次のミッションだよ』  ……なんで懲りないんだ。闇なんて自ら足を踏み入れるもんじゃないだろ。 『今警備員に扮して芸能事務所に潜り込んでるんだ』 「それでまた捕まったんですか?」 『違うよ。別の依頼が来てしまって困っているんだ』 「別の依頼?」  テレビを消して、北海道さんの声に集中した。 『下のアニマルババァの接骨院に泥棒が入ったらしい』 「…………」 『何かいろいろ盗まれたらしいけど、アニマルババァは警察を使わずに捕まえて自ら制裁を加えたいらしい』  制裁って、なんて恐ろしいババァだ。とんでもない拷問をしそうだ。 「犯人の目星はついてるんですか?」 『みたいだよ。報酬は家賃一ヶ月分なんだ。捕まえれば半年分だって』 「半年分? 大きいじゃないですか」 『うん』 「やります」 『でも僕は君の要求を聞くつもりはないよ』 「わかってます」 『それでもいいの?』 「かまいません! やります!」  いつの間にか立ち上がっていた。  もう一度チャンスをくれた北海道さんに感謝をした。  絶対に捕まえて北海道さんの役に立つんだ。それで本当の仲間は俺だって分かってもらうんだ。  もう二度と好きだなんて言わないんだ。
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