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二月中旬の深夜。
外では天気予報どおり、雪が降っていた。
ファーストフード店のテーブルに座る私は、外からしみ込むような寒さを感じる。目の前にはネットオークションで購入した一万円のノートPCと、コーヒーの紙コップ。そして、相方の島田春子がいる。
春子は腕組をしながら、低いいびきをかき、大きな体を揺らしていた。
私もアルバイト終わりで眠いんだけどな。
マンデリン豆から抽出した琥珀色の飲みものを、一気に飲みほす。柑橘系の香りが鼻にぬけ、感覚が冴えていく。
だがノートPCに映る、ワードの画面は無表情だ。私の文章は踊っていない。書きかけたネタはつかみの三行で止まっていた。
『四月からの勤務先が遠いからさ。実家を離れて一人暮らしするんだ』
『えー、葵ちゃん。そうしたら不動産屋に慣れないとダメだね。練習しよう。あたしが不動産の店員をやってあげるわ』
漫才ではコンビニの店員くらい、ありがちな【不動産屋】だ。
私たちは【曜日ごとに別人になる人】とか、【スライム化した女子高生と、堅物の教員】など、変わったネタを書いていた。舞台ですべっても、これが個性だ、分からないやつが悪い。そう考えて平然としていた。
しかし、高校卒業と同時に、私たちが事務所に拾ってもらって、もう五年。若い才能を見いだされて仕事を始めたはずが、番組のオーディションまではこぎつけるものの、TV放映までは勝ち取れない。それが続いて、もう五年。
本業は《アオハル》という個性派の漫才師なのに、平凡なアルバイト店員で糊口をしのぐ。事務所主催のライブですら、ややうけで爆笑にはいたらない。そんな状態で五年。
ここが私たちの限界なのだろうか。先に進めない、行き止まりか。成功という名の出口はない?
だとしても私は諦めない。私は──諦められない。
尖ったネタの方向転換をしよう。信念をへし折ったとしても、この現状を打開できるならば仕方がない。とりあえずべたな話でも、うけが良いものを書く。
そう決心して、ずっと手が止まっている。
明日はもうTV番組のオーディションだというのに。しばし頭をかかえて、とりあえず相方を起こして相談しようと思った。
春子を人差し指でつつく。
「ねえ、ネタができないんだけど」
春子はびくりとして、強固に結んだ腕組をほどいた。
目の前に置かれていたバーガーの入っていた包みと、くしゃくしゃに小さくされたストローの紙袋が、春子の手にはじかれて飛んでいく。
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