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「もはや前回、うけた話で良くない? 葵ちゃん……あたしはそろそろ帰って布団で寝たい」
テーブルから落ちたゴミを拾いあげながら、欠伸まじりに春子は言う。
「だから、そろそろ新ネタを披露しなきゃダメだって話したでしょ。私が唸って、ネタをひねりだそうとしているのに。あんたは何で寝てんのよ」
「寝ていません、深い瞑想です。いや、眠っちゃってた? 存じあげません」
「悪い社長かよ」
私は下唇を前に突きだして、不満をあらわにする。
「全て部下がやったことでございます」
「部下でも誰でもいいから、ネタを作ってくれ。頼む」
「さっき作ったじゃん」
と春子はテーブルの上にある紙ナプキンを、私の前に移動させてきた。
「だからこの話じゃ駄目だって」
文字の書かれた紙ナプキンをひろげて、私は読みあげる。
「店員の勤務態度を確認する視察官――小林葵。彼女が店の前に立つと、扉が左右ではなく、下から上に開いた。『うーむ、新しい。プラス二十点』って何これ。
自動扉じゃなくてシャッターでしょ。店員の遅刻か知らないけど、店のシャッターを開けそびれているなんてマイナス二十点だよ」
「さすが、葵さま。まるで見たかのような描写力ですなあ」
春子は感心したように頷き、ゆっくりと拍手をする。
「やかましいっ! だいたいコンビニは終日営業だから、シャッターだったって落ちはピンと来ない。それからこの裏面」
私はナプキンをひっくり返す。
「宇宙船の艦長、小林葵。急に斬新―。彼女は敵船を五十は沈めた有名な戦士だ。ある日、新人の船員が憧れの葵艦長に会いにいく。艦長は船外の宇宙に漂いながら紫煙をくゆらせている。
いやいや。宇宙服着ているでしょ。しかも、宇宙に空気はありま、せんから! 喫煙できません」
「日常生活をもとにしたコンビニの話が駄目だったから、壮大なスペースオペラで攻めてみたんだけど。序章から駄目?」
「序章からというか・・・・・・だいたい、この打ち合わせに手ぶらでくる態度が気に入らない。ボールペンだって私のを借りているし」
「交通誘導のバイトから駆けつけて、家に帰ってなくて。むしろ相方のやる気を褒めて欲しい」
「ああ言えば、こう言うんだから!」
私は春子の巨体をつかんで、揺さぶる。
「うふふ葵ちゃん。そんなにあたしを振ったって、良質のネタは出てこないわよー」
そう、オーディションにかけるネタはいつも私が作っている。
春子にも何回か考えさせてみたが、話に矛盾が生じたり、シンプルにつまらないので採用できるものではなかった。
彼女を揺すりながら、なんだか泣きたくなってきた。でもネタを一つ作るまでは家に帰りたくない。
ふと目の端に、公園の街灯がうつった。
「よし。外の公園で体を動かしながらネタ作りをしよう」
「えっ、葵ちゃん。本気? 寒いし嫌だよ。よく外を見なさい。雪が降っているでしょうが」
「本気」と満面の笑みを春子にむける。私の瞳の狂気を感じとったのだろう、春子は観念したように、深い息を吐いた。
ファーストフード店をでて暗い夜空を見あげると、純白の雪が地上へ降りそそいでいる。街灯の明かりを反射して、キラキラと。
両手を広げて伸びをする春子は、口に雪が入ったらしく、「ごっふごふ」とむせていた。
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