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「どうもー、小林葵です」
「島田春子、いいます」
「二人そろって、アオハルでーす。今日も頑張って漫才をやって行きましょう」
とりあえず気合をいれるため、いつもの挨拶から。
そして【不動産屋】について、身振り手振りをまじえながら話しあう。
「あたしが店員ね。葵ちゃんが来店したら、『安いよ、安いよー』って声掛けするのはどう?」
「魚屋じゃないんだから。最低でも、月数万円の買い物だよ」
「魚屋のおっさんだって『はい。お釣りは百万円』とか言うじゃない」
「──その寒いボケが、令和の人に分かってもらえるかなぁ?」
何個か案を出し合うが、全く形にならない。
いつのまにか、私たちにお構いなしで降りつづけた雪は、くるぶしまでの高さになっていた。
帰宅して少しは寝るとして、オーディションまでの時間も余りない。
苛立った私は春子に、つい本音をぶちまけた。
「ねえ。もうさ……私たち、無理なんじゃないかな。変化球で勝負してきたけど、滑り倒しだし。直球を投げようとしたら、投げ方すら分からない」
私は漫才の最中のように、春子のお腹にツッコミをいれる。
「そろそろ芽が出る。すぐに世間に見つかる。そういわれ続けて売れない、売れない。私たち、もう二十三歳なんだよ……大学卒業した友達はスーツ姿で立派に働いているし、赤ちゃんかかえた同級生だっている。どうしよう私たち。ねえ、焦らないの?」
両手で、春子の腹部をぽかぽかと太鼓のように叩く。
雪は容赦なく降るが、私の顔にあたる雪は、滂沱の涙で溶けていった。
春子は眉尻を下げて、ひたすら困った顔をしている。私からの言葉を待っているのだろう。だけど、何も言ってやるもんか。
うちのボケ担当は、仕方なしに口を開いた。
「やりたいことをやって。それで駄目なら、仕方ないじゃない」
「じゃあ解散するの? 私からは絶対、それは言わないからね。漫才に必死でかじりついて考えて、苦労して、さんざん悩んで。私は諦められない……今までの努力を水の泡になんてできないよ」
「あたしだって嫌だ。葵ちゃんの発想が好きだもの。変化球なりにさ、ストライクゾーンに入る球を考えよう。ねっ。いつもみたいに普通の話に変なのを混ぜこもう。私の交通誘導のバイトを題材にさ」
プロレスラーのような上背のある女があわてて、泣きじゃくる小柄な女をなだめている。
降雪が凄く、深夜だから通行人はいないが、見たらさぞかし珍妙な光景だろう。
「交通誘導ねぇ。自転車ロードレースを交通整理するのはどう?」
私はしゃくりあげながら、何とか声を出す。
「えー、大量の自転車をさばくのは動きが多いな。他にないかな」
「大名行列」
春子が巨体をすこし揺らして、反応する。
「いいよいいよ、葵ちゃん。面白くなってきた。もう一声」
「……百鬼夜行。妖怪の大群が道を通るとか」
ぶっ、と春子が噴きだす。「よしきた!」と声をあげた。
私たちは打ち合わせを始め、台詞を考える。
吐く息は白く、衣服に寒さがしみ入っているはずが、不思議と平気だ。むしろ次々と生まれるアイディアで、体が温められるよう。
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