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三十分もたたないくらいだろうか。
大まかな会話ができあがり、一度通しで漫才をやってみる。
「どうぞ歩行者の方は、こちらの道を歩いてくださーい。あ、行列がきたな。なにあれ、車輪?」
春子が右腕を振りまわし、円をえがきながら向かってくる。
「どうもー百鬼夜行の妖怪たちです。通らしてもらいますぅ。あたしは輪入道といいます」
「は、妖怪? 何言っているの」
私は首をかしげる。
すると、春子が私の隣にとまり、左手の人差し指をあげる。
「説明しよう。輪入道は大きな燃える一つの車輪。その中央におっさんの顔のついた化物なのだ」
「唐突な説明ありがとうございます。って誰?」
「妖怪博士じゃ。春子博士と呼びたまえ」
「はあ。しかし、輪入道は判断難しいな。車輪だから車道行かせるべきか。それともおっさんの顔しているから、歩道? いやそもそも、燃えている車輪におっさんって事故じゃないの。救急車よぶか」
「公的機関を、公的機関をよぶのは控えてください。あたしが捕まってしまう。妖怪への対応方法をすべてお教えしますから~」
春子が私の上着にすがって頼む演技をする。うーん。服が伸びるから、力加減を考えて欲しいんだけど。
「どう考えても、あんた怪しげだものな」
「さて、輪入道の場合。燃えた一輪車におっさんが乗っていると捉えるのじゃ。そうすると、一輪車は軽車両には該当しないので歩道だ。歩道を行かせればいいんじゃ」
「さすが妖怪博士は博識だ。どうもありがとう。輪入道、いってらっしゃい。次は? なんかふらふら歩いている緑色の人が来たよ。尖った口をしている」
「あーあれ。河童じゃ。頭に乗っている皿が干上がると、命を失う。ふらふらしているのは皿が渇きだしているんじゃろう」
「え、乾いたら死んじゃう人を、燃えている輪入道の次に配置したの? 百鬼夜行のリーダー誰? ちょっとー、列の順番を考えてあげてー」
そして春子が雪女を演じようと、内股でしなをつくる。もっちりとした雪女に私は笑いが止まらず、漫才が中断になった。
「雪女は私が演じようか? 男に惚れられる美女でしょ」と提案する。
春子は「いや、葵ちゃんがやるとセクシーさが激減するから。体が細すぎ。私たちのメイン客である男性の人気がゼロになる」と生意気にも返してきた。
いつの間にか空は白んできて、あれだけ降っていた雪は止んでいる。
繰り返し練習して、新しい漫才は完成した。
春子が「もう十分でしょ。そろそろ帰ろう」とつぶやく。さすがに私も「そうしよう」と同意した。
二人で公園の出口へ足を大きくあげ、膝下まで積もった雪を踏みしめて歩く。時折、春子が雪に足をとられて転んだ。
「これでオーディションで笑ってもらえなかったら、どうしよう」
「そういうことは考えない! とりあえず開きなおって、さっきの漫才を全力でやろう」
春子が私の肩を叩いた。
よろけた私は、柔らかい雪の上にひっくり返った。「なにするんだ」と文句を言いながら、笑ってしまう。
横をみると、積もった雪に穴があいている。私たちの足跡だ。振り返ると、後ろにたくさんの穴が点々としていた。春子がこけたときの尻もちの跡まではっきり残っている。
たどたどしくも一歩一歩、私たちは前進してきたのだ。
転がっている私に、春子が手を差し伸べてくれた。それをつかみ、雪の中から引っ張りあげてもらう。
そのまま二人で一緒に家まで帰った。
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