仁科愛美から河村一樹へ 2

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仁科愛美から河村一樹へ 2

 大学生活一年目。初めての一人暮し。  私と彼は近い場所にアパートを借りて、互いの家を行き来していた。大学に行くときは一緒に登校したし、バイトに行くときは一緒に出勤した。休日は、どちらかの家で一緒に過ごすことが多かった。  たまに外出はする。でも、家でのデートが多い。若い私達は、はっきり言ってしまえば、快楽への欲求に満ちあふれていた。休日の家の中では、全裸でいる時間が圧倒的に多かった。  私達のバイト先は、あまり従業員の出入りが多くない。長く働く人が多いみたいだ。私達は、二年経っても一番新人のままだった。  東京に来てから三回目の春が来て。私達は、三年になった。  バイト先にもすっかり慣れて、その分だけ、従業員の()()()()も分かってきた。仕事はちゃんとするものの、悪い噂がある人もいた。  ホールスタッフの狩野(かりの)里香(りか)さん。キッチンスタッフの私は、彼女と絡むことがあまりない。それでも、彼女の噂は、私の耳にも入ってきた。 『この店の男性従業員全員と寝ている』  最初は、そんな噂なんて信じていなかった。狭い範囲でそんな馬鹿なことをする人はいない、というのが私の常識だった。  でも、短い人生経験で得た私の常識なんて、まったく当てにならなかった。  噂は本当だったんだ。  ある日、ホールスタッフの男の先輩が、里香さんとホテルに入っていった。その光景を偶然見た私は、付き合っているのかな、とだけ思っていた。  ほんの数日後に、里香さんは、キッチンスタッフの先輩とホテルに入っていった。    彼女達が使ったホテルは、私達の店から近い場所。色んな男とホテルに行っていることを、隠そうともしていないみたいだ。  私の心の中には、当然のように、ひとつの不安が生まれた。  ――彼も、里香さんと寝ているのかも知れない。  とはいえ、大学に行くときもバイトに出勤するときも、彼は私と一緒にいる。休日だって一緒だ。彼が里香さんと寝る隙なんて、どこにもないように思えた。  彼は大丈夫。たとえ里香さんが彼を誘惑しても。彼は、ほとんどの時間を私と過ごしているんだから。  大丈夫だと思う。それでも、彼と寝るかも知れない里香さんに、私は、小さくない嫌悪感を抱いた。 『薄汚いクソ女。誰にでも平気で股を開く、下劣な女』  里香さんとは、仕事で関わることがほとんどない。だから、私の気持ちが表に出ることはなかった。でも、もし、彼女がキッチンスタッフだったら。関わることが多かったら。私はきっと、露骨な嫌悪の目を彼女に向けていただろう。  だって、実際に、そうなったんだから。  ただし、私が嫌悪の目を向けたのは、里香さんだけではなかったけれど。
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