河村一樹から仁科愛美へ 3

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河村一樹から仁科愛美へ 3

 俺のクラス――三年四組の正面には、男子トイレがある。そこに、昼休み中に、他のクラスの不良(ヤンキー)()()()していた。    どんなに成績優秀な学校でも、不良は存在する。人が一定数以上集まれば調子に乗る奴も出てくるし、そんな奴等が不良に変身するのだ。  教室のドアは開け放たれていて、俺の席からトイレ付近が見渡せた。当然、不良達の姿も見える。  俺は、昼休み中、虚空を見つめながら試合をイメージしていた。あいつとの試合のイメージ。俺がジャブを放つ。あいつが俺のジャブを避けて、ジャブを打ち返してくる。そこに、左フックでカウンターを合せる……色んな動きを想像しながら、頭の中で対策を立てていた。  トイレの方を向きながら。  どうやら、俺の体の向きが良くなかったらしい。自意識過剰な不良達は、俺に睨まれていると思ったようだ。ズカズカと教室の中に入ってきた。俺に近付いてきて、いきなり胸ぐらを掴んできた。  目を開けながらも、俺の意識はイメージの中にあった。胸ぐらを掴まれて、初めて不良の存在に気付いた。 「何ガン飛ばしてんだ?」  俺の胸ぐらを掴んだ不良が、凄んできた。周囲には、取り巻きの不良達。 「ちょっと来いや」  不良達に囲まれ、絡まれ、服を掴まれ、俺はトイレに連れ込まれた。小便器付近の(かど)に追い込まれ、いきなり殴られた。  パンチははっきと見えていた。こんな予備動作(モーション)丸出しのパンチが見えないほど、俺の目は腐っていない。でも、場所が悪かった。パンチを避けようと動いたら、壁に頭をぶつけた。狭い。さらに殴られた。踏んだり蹴ったりだ。  俺を殴ったのは、不良達のボスのようだった。俺を殴った後に、さらに睨みを利かせて顔を近付けてきた。  殴り易そうだな。不良の顔を見て、咄嗟にそんなことを思った。睨みを利かせて顔を前に突き出している。こんな体勢だと、防御動作なんて取れないだろう。距離が近いからストレート系は打てない。でも、フックやアッパーなら好きなだけ当てられそうだ。面白いようにパンチが当たるイメージが、無意識のうちに浮かび上がった。  あいつも、これくらい隙だらけだと助かるんだけどなぁ。どうしても勝てない選手を思い浮かべて、そんなことを考えた。  とはいえ、俺が手を出すわけにはいかない。こいつを殴り倒すのは簡単だ。けれど、そんなことをしたら、間違いなく試合に出られなくなるだろう。  トイレの角に追い込まれているから、防御動作は取りにくい。パンチを完全に避けるのは無理だろうな。それなら、できるだけ顔を逸らして、ダメージを最小限に抑えるか。パンチを貰う以上、多少は顔が腫れるだろうけど。  冷静に考え、冷静に対処した。不良はしつこく殴ってきた。クリーンヒットさせていないが、痛いものは痛い。顔が少し腫れてしまった。  落ち着いて対処している。だけど、当然ながら腹が立つ。悔しさが募る。好き勝手に殴りやがって。心の底から、殺意が芽生えてくる。いっそ、顔中の骨という骨を骨折させて、色々と思い知らせてやりたい。  でも、我慢した。こんな馬鹿を殴っても、何も得られない。こんな馬鹿に勝っても、楽しくも嬉しくもない。 「何やってる!?」  しばらく殴られていると、トイレに怒声が響いた。男性教師が数名、トイレの中に入ってきた。誰かが、トイレの騒ぎを報告したのだろう。  不良は先生達がトイレに入ってくると、俺から離れた。さすが、進学校の中途半端な不良だ。先生を殴ったりしない。  トイレに入ってきた先生に付き添われて、俺は、すぐに保健室に連れて行かれた。
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