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正斗は雪の直中に立ち、まるで桜のようなものに包まれていた。取り巻く空気の中にきらきらと、春の光を受けてきらめく花びらに良く似ている。
白い寒さに生まれる花は、冬でなければめぐり逢えない。けれど春に幻を見た。雪のように見えたもの。
春からここまで、この冬に来るまでのどこからか。
桜が雪に変わるまでの間に、雪は桜になったのだ……。
「勝手だよ。寒くもないんだ」
初めてそれを見た小さな子供のように、おもしろくてたまらないといった様子で空に向かって手を突き上げる。
その手の温もりで、真白な雪は消えてゆく。
幻想の花びらが、幻であった証拠に、ふいにその姿を消すように。
僕は地面から立ち上ってくる冷気に体を震わせた。
真実にはこれは雪であり、僕たちの季節は冬である。
厳寒の候。桜の木はまだ眠りの中だ。花々を風にのせ空間を彩る、けむる春の頃を夢に見て。
「いいかげんにしとけよ。本当は寒いんだから」
ぴったりと僕の睫に雪が張り付き、冷たさが夢から覚めるのを手伝った。冷たく冷えた自分の指で、その水一滴を払いのける。
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