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正斗や雪や、取り巻く世界にからかわれているみたいな気持ちになった。
「そうするよ。もう来る頃だから」
「桜本体が?」
「すごい言い方だな。超現実」
自分こそ現実世界のはるか彼方に居るくせに、よくも人にそんなことを言う。
僕は派手に地面を鳴らしながら進んでくる、根を足とした桜の木を頭の中に浮かべていた。簡単すぎる、なんという貧困なイメージ映像。
そんな失敗のような脱現実を抱えながら、僕はその地を離れるために歩き出した。
手をもう一度ポケットへと戻す。空気のかすかな動きさえも刃物のような鋭さを持つ、雪の冬の、本物の寒さだ。
下る坂道ですれ違った女の子は、上り坂を跳ねるように歩いていた。歩くだけなのに楽しそうな、彼女の名前が、かの花、『桜』。
『やぁ、幻術使い君』。
そう心の中であいさつをする。
何かこの世のものとは認められない力を持っているわけではない。そんなものは何も持たずに、彼女はただ存在するだけで季節をひっくり返してしまう。
彼女が彼女だというだけで。
『だけ』。いや、それは素晴らしいことなのだろう。
ただ桜だけが桜であるということは。
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