第一章 まだ、青い

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斉藤さんの反応も聞かずに通話終了ボタンを押し、僕は背もたれに深く倒れ込んだ。 ディスプレイに表示された企画書pdfを強めのクリックで消して、すっかり冷めてしまったコーヒーを喉に流し込む。 Jフェスのステージに立つ僕、という絵は、しばらく頭の中から消えなかった。 本当は興味があるとかじゃない。その、絶対にありえないと言い切れる風景が面白すぎて、人に話したくなったのだ。 僕には友人が一人だけいる。 滅多に会うことはないけれど、僕はそいつの姿や活躍をいつでも確認することができる。SNSで名前を検索すれば、毎日目新しい情報が流れてくる。 雑誌の表紙、ラジオ出演、新商品のアンバサダー就任、新CM解禁、バラエティ番組のゲスト出演、次クールのドラマ主演……「国民的アイドル」の肩書きを持つ僕の友人・日向陽一(ひゅうが よういち)は、僕とは違い、毎日自分を商品にして生きている。 幕張メッセのステージになんか何度も立ったことがあるだろうし、「アリーナー!」の煽りだって数え切れないぐらい経験があるだろう。 僕がステージに立つなんて話をしたら、きっと大笑いしながら「見たい」と言うはずだ。「リハから付き添って指導してやろうか? ファンサの仕方とか」なんて弾む声がリアルに想像できる。 僕らは正反対すぎるぐらい正反対の人間だけど、どう言うわけか仲が良い。 陽一は東京で芸能活動、僕は京都で漫画家というおよそ交わるはずのない二人だったけれど、共に過ごした三日間の冒険が僕らの人生を少し変えた。 似ても似つかない二人にあった唯一の共通点が、今でも僕らを確かに繋いでくれている。 互いが互いを小さな支えにして、僕らは互いにとって唯一無二の友人で在り続けている。
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