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陽一は「毎日10キロとか走ってる」と言っていた。
そんな長距離を走るなら、自宅周辺をぐるぐるするよりわかりやすい道を真っ直ぐ進んで折り返すはずだ。
この明治通りとやらがどこまで伸びてどこに繋がっているのかはわからないが、しばらくこの道を走る可能性は高い。
斉藤さんが少しスピードを上げた。僕は運転席側の窓に目を凝らす。
車はすぐに黒づくめのランナーを追い越していく。
東京の夜が明るくてよかったと思いながら、僕はその一瞬を逃さず捉えようとする。
黒いキャップ、黒いマスク、黒いスポーツジャージ。
あるはずの前髪はキャップの中に仕舞われているようで、目元と眉が良く見えた。
間違いなく陽一だ。
僕らの車になんか見向きもせず、ただ正面だけを見つめて走っている。
背後に遠ざかるその姿を、体を捻って追いかけた。
車はスピードを落とし脇道へと曲がる。
陽一の姿は僕の視界から消え、僕は体を正面に戻しながらはっきりと口にする。
「陽一です。このまましばらく追跡します」
陽一の顔を見た途端、頭の中がやけにクリアになった。
眠気も不安も疲れも全てが消え去り、陽一の事しか考えられなくなる。
早く会いたい。早く話したい。
今すぐ車を降りて全力で走ってその手を捕まえたい。
暴れ出しそうな衝動を必死で飲み込んで、車が右に曲がる回数をただ数える。
再び明治通りに戻りしばらく進むと再び陽一の姿を捉えることができた。僕らの期待通り、明治通りを東へ真っ直ぐ進むらしい。
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